小さいなあ。
 膝立ちでおれの腕の中に収まる数馬の胸に、顔を埋めるように擦り寄る。薬の匂い。土の匂い。数馬の匂い。数馬がおれの髪を撫でて「名前先輩、何かあったんですか」と心配そうに声をかけてくれる。癒し。


「何もないよ」
「でもなんだか元気がないようですし」
「うーん、そう見える?」
「はい」
「そっか」


 じゃあ、元気ないのかも。ぼんやりと思いながら、ぐりぐりと頭を押し付ける。くすぐったいです、と笑う数馬の声だけが耳に届く。人気のない医務室で二人きり。保健委員会の皆さん、しばらく帰ってこないでほしい。ください。伊作はさっき落とし穴に落ちてるの確認してきた。ちびたちはどっかで不運に巻き込まれててくれ。よしよし、と甘やかしてくれる数馬の甘さが、がちがちに固まった心がゆるりと緩めてくれる。


「ねえ数馬、口を吸ってもいい?」
「う、えっ!?」
「好きだよ、数馬」
「ぼ、ぼくも、名前先輩のこと、」


 すき。紡がれる前に口を塞ぐ。合わせた唇と唇の隙間から溢れる息さえも、たまらなく惜しい。誰にも見せたくない。誰にも触らせたくない。誰にも渡したくない。生涯、この腕に閉じ込めておきたい。実際にはやらないけど。数馬には数馬の自由があるしね。
 触れただけの口付けに頬を赤く染めた数馬がへなへなと座りこんで、恥ずかしそうにおれの胸に顔を埋める。柔らかい数馬の髪を撫で、ぎゅうと抱き締めれば、数馬もおずおずと背中に腕を回した。はあ、可愛い。


「やっぱり、何かありましたよね、名前先輩」
「何もないってば」
「じゃあこれから何かあるんですか」
「何も。部屋に戻って寝るだけだ」
「…ぼくには言えないことですか」
「数馬が心配するようなことは、何もないよ」
「名前先輩は、いつもそうやって、ぼくに隠し事をする…」


 拗ねたような口調でもごもごとおれを責める数馬に「何もないよ」と返す。数馬が心配知るようなことも、数馬が心を痛めるようなことも、数馬が泣くようなことも、何も、何もなくなればいいのに。
 四年生になれば、暗殺の任務が言い渡されるようになる。この優しい数馬だって、忍者を目指すならいつか人を殺さなければならない。きっととても傷つくだろう。自分自身を責めるだろう。忍者を目指したことを悔やむかもしれない。死にたいと思うかもしれない。それでも数馬はとても人の気持ちに敏いから、きっと他の誰かを慰めることに必死になるのだろう。自分の気持ちを押し殺して人を想う数馬を抱き締めて甘やかして泣かせてやるのが、おれの役目だったのに。おれが卒業したら、誰かがおれの代わりになるのかな。それはやだなあ。
 数馬の耳が赤い。きっとおれの耳も赤い。藤色の髪に見え隠れするその可愛らしい耳に歯を立てれば、数馬の体が飛び上がった。びっくりした。肩に置かれた数馬の腕がぴんと張られて、距離を取られる。威嚇する猫みたいだ。


「な、ななっ、!」
「なんかちょっとムラムラしちゃった」
「はあ!?」
「数馬が笑ってるの見たら、何でも良くなってきたよ」
「え、え?何ですか、え?」
「んーん、何でもない」


 必死に張っている腕をいとも簡単に折って、細い腰を引き寄せる。バランスを崩した数馬がおれの上に落ちてきて、そのまま後ろにひっくり返れば、数馬が反射的におれの顔の脇に手をついた。真っ赤な顔をした数馬が慌てて起き上がろうとするけど、腰をがっちり捕まえているので、逃げ出そうにも逃げだせない。困ってる困ってる。ああ、癒し。


「名前先輩っ、あの、!」
「数馬、だあいすき」


 そう言って口を吸えば、数馬は真っ赤な顔をしているくせに「仕方ない人」って言いたげな顔で応えてくれる。その顔がたまらなく、すきだ。
 いつか必ず来るだろうその日を恐れることは簡単だけど、今あるしあわせを大切にすることの方がもっと簡単だ。







130518


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