息苦しさに意識が浮上する。ぼやけた視界には暗闇しか映らない。ちゅ、と音をたてて唇に押し付けられたそれに気づいて、僕はゆっくりともう一度目を閉じる。そしたら唇に押し当てられたそれが、にい、と弧を描いて、笑みを浮かべた。唇を割って侵入してきた舌に舌を絡めて、与えられる快感にぞくり、と身を震わす。のろのろと布団から腕を出して、目の前のそれに腕を回せば、冷たい手が僕の頬をゆるゆると撫でた。僕が、んん、と声を漏らせば、ちゅ、と触れるだけの口付けをひとつ残して、名残惜しそうに唇が離れていった。ゆっくりと目を開いてもかすかな光しかない部屋の中ではほとんど何も見えなかったけど、こんなことするのは一人しかいない。ちゅ、ちゅ、と頬や目元に口付けをしているその人の名前を呼べば、「起こしてごめんね」と機嫌良さそうな声が返ってきた。任務に行っていた名前の身体からはわずかに火薬の匂いがする。


「伊作、ただいまー」
「ん、おかえり、名前。怪我は?」
「してないよ。ね、布団入れて。寒い」
「でも、留三郎が鍛錬から帰ってくるかも」
「湯浴みの帰りに留に会ってね、今から伊作と寝るね、って言ってきたから、きっと帰ってこないよ」


 うわあ、ごめん、留三郎。心の中で謝っている僕を余所に、勝手に布団に入りこんできた名前は慣れた様子で僕の腕の中に滑り込む。伸ばした僕の腕に頭を乗せて、胸元にすり寄ってくる名前が可愛くて、もうどうでもよくなって、僕は名前を抱き込んだ。背中に回った名前の腕がしがみつくように僕の身体を引き寄せる。名前の額に口付ければ、名前が嬉しそうに笑って、僕も思わず笑みを零した。上目遣いで見つめてくる名前に、身体の熱が上がる。けど、へら、と笑った名前の一言に、冷水を浴びせられた気がした。


「伊作、おやすみ」
「…寝るの?」
「うん、おれ、もう眠いもん」
「…生殺し」
「んー」
「名前、」
「おーやーすーみー」
「ねえ、名前ってば、」
「………」
「名前ー」
「しつこい」


 僕の胸に顔を埋めるようにして、もう一度はっきりと「おやすみ」と呟いた名前は、僕が何度名前を呼んでも返事をしてくれなくなった。ずるい。ただ寝るだけなら、あんな口付けでその気にさせないでほしい。自分だけ眠りにつこうとしている名前にわずかに腹立たしくなって、僕は名前の背中をつつ、と指先で撫でる。くすぐったいのか、小さく唸りながら身を捩った名前の髪を撫でる。可愛い。ずるい。ずるいから、その気にさせてやりたい。僕は甘ったるい声で名前の名前を呼ぶ。ゆるゆると目を開いた名前は、なあに、と甘ったるい、というよりも眠そうな声で返事をしつつ、目を閉じようとしている。


「名前、もう一回」
「ん、も、ねむいから、やだ…」
「名前だけずるいよ。名前は寝てる僕を起こしてまで口付けをしてきたのに」
「う…」
「ねえ、いい?」


 名前は返事の代わりにもぞもぞと顔を僕の方に向けた。今にも眠ってしまいそうな名前の唇に唇を重ねる。ぴったりと閉じられている唇を舌で撫で、うなじを緩く撫で上げれば、は、と名前が息を吐いた。その隙を狙って舌をねじ込んで逃げる舌を絡め取る。名前は頭を引いて逃げようとしたけど、そんなの許すはずもなく。名前の身体を仰向けに押し倒して、片膝を名前の足の間に割り入れる。くぐもった声で罵られたような気がした。僕の肩を押し返そうとした腕を掴んで、肩を滑らせて、身体をぴったりとくっつければ、行き場をなくした名前の腕が仕方なさそうに僕の首に巻きついた。やっと僕から逃げるのをやめて、応えるようになった名前に、口の端がつり上がる。貪るような口付けをして、ゆっくりと唇を離した。とろん、と蕩けた目で僕を見上げる名前は荒い呼吸を繰り返している。寝巻の襟に手を差し込んで、大きく上下する胸を撫でる。首筋に唇を寄せれば、名前が弱々しい声で僕を口汚く罵った。それさえもいとおしく思えてしまうのだから、恋心とは恐ろしい。


「もうほんと、ねむいのに、っ」
「その気にさせたのは名前じゃないか」
「おれは伊作の隣で寝たかっただけだもん」
「へえ、じゃあやめる?」
「…それこそ、生殺しでしょ、伊作くん?」


 こてん、と首を傾げて微笑んだ名前に「では、いただきます」と微笑んで、薄い唇に噛みついた。








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もんもんもやもや。思春期です。

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