「男の人って、やっぱりデート代は自分が全部出したいもんなんですか」
「え、なに、惚気?」
「違います、相談です」


 うーん、と腕を組んで唸るわたしの目の前で、ハチ先輩ははあ、とため息をついた。かわいい後輩が困っているというのに、ため息をつくとは何事だ。テーブルの下でハチ先輩の足を蹴ると、「いってえよ」と言いながらも、今日のまかないのナポリタンの残りを口の中に押し込んだ。大食いのハチ先輩は、このナポリタンの他におにぎりも食べる。運動もそれなりにするから太らない。健康的。


「兵助は昔からそういうところも真面目な奴だったから、あきらめろなまえ」
「えー、ハチ先輩の役立たずー」
「いいじゃん、兵助がしたいようにさせとけって」
「なんか釈然としない」
「そういうことは勘右衛門に相談したほうがいいと思うんだけど」
「尾浜はデリカシーというものがないので嫌です」
「ああ、根掘り葉掘り聞かれるだろうなあ」


 ふたりで遠い目をしながら、のそのそと他愛もない話をしていると、コンコン、とノックのドアを軽く叩く音がした。ドアのほうに顔を向けると、ドアの隙間から店長が顔を出した。慌てて口の周りをナプキンで拭く。口の周りにソースがついてたら恥ずかしい。


「ハチ、店が混んできたから、店頭に戻ってくれないか」
「おー、今行く。じゃあな、なまえ」
「はーい、お疲れ様でーす」


 空になったお皿とコップを持ったハチ先輩は、軽く手を振りながら事務室を出ていった。ハチ先輩と入れ違いに事務室に入ってきた店長は後ろ手にドアを閉めて、ごく当たり前のようにわたしの隣に座った。手に持っていた書類の束をテーブルの上に重ねて、その上に頬杖をついた。絶妙な上目遣いを繰り出してきた店長から、そーっと目をそらして、フォークに手を伸ばす。この人、自分が格好いいって自覚してるから、余計にタチが悪い。上目遣いなんて、女の子でも一部の可愛い子しか許されない技なのに。「な、なんですか?」と目をそらしたまま聞けば、「んー、」と唸ってから店長は口を開いた。


「ハチとなに話してたのだ?」
「他愛もない雑談です」
「おれには言えないこと?」
「あーあーあーこわい。自覚のあるイケメンってこわい。そんなセリフをさらっと言えちゃう店長こわいですわー」
「ふたりのときは名前で呼ぶ約束だろ」
「勤務中なので」
「誰も来ないよ」


 誰か来るかもしれないじゃん!、とは言えず、もごもごと誤魔化しつつ、ナポリタンを口に運ぶ。わたしの休憩だってそろそろ終わりなはず。店長があまりにも凝視してくるので、お皿を持ち上げて、体ごと店長からそらす。食べてるところって無防備だから、あんまり人に見られたくなっていうのは、結構みんなに当てはまることだと思うんですけどね。もくもくと口を動かしていると、突然肩に店長が頭を乗せてきた。少しだけ後ろを見れば、店長の黒髪が見える。30歳手前の男がかわいいってどういうことなの?詐欺なの?ほとんど空になったお皿をテーブルに戻して、店長のほうに顔を向ければ、わたしの肩から顔を上げた店長と目が合う。いつ見ても、羨ましいほど長いまつ毛に、大きな目だ。どことなく拗ねたような雰囲気だ。


「みょうじ、はっちゃんと仲良いよな」
「そうですね、わりと」
「勘ちゃんと雷蔵と三郎とも仲良いよな」
「え、まあ、そうですね」
「他は?おれの知らない大学の人間で、仲良い男友達とかいるのか」
「…やきもちですか」
「悪い?」


 真顔で聞いてくる店長に、「い、いやあ…?」と曖昧に返事をする。別にやきもちを妬くこと自体は全然悪くはないし、そんなつもりで言ったわけじゃないんだけど、なんていうか、ものすごく恥ずかしい。かあ、と急に顔が熱くなって、慌てて下をうつむいて適当に前髪をいじる。最近、不本意ながらもよくイケメンに囲まれてるせいでイケメンに慣れてきたとはいえ、久々知店長は別格ですからね。破壊力が違いますからね。心臓を爆発させるくらい簡単にできそうですからね。ばくばくとうるさい心臓を落ち着けるには、その原因である店長から離れるのが一番手っ取り早い。「休憩終わるので店頭に戻りますね」と平静を装って、店長の前から逃げ出す。お皿とコップを持ってそそくさと事務室を出ていこうとしたわたしを「みょうじ、」と店長が呼んだ。そろそろと振り向けば、あからさまに拗ねてます、という顔をした店長と目が合ってしまった。


「今日、送ってく」
「え、わたし今日ラストまでじゃないですけど」
「送ってく」
「…はい」


 つまり、ラストまで待ってろ、ということですね、はい。後ろ手にドアを閉めた事務室の前で、はあ、とひとつため息をついた。ら、壁に寄り掛かってナポリタンを食べていたスタッフさんを見つけた。恨めしそうな目をして「リア充は末永く爆発しろ」と呟いたスタッフさんに平謝りをするのは、いつもわたしだけだ。






■久々知と恋人if@雷鳴とハニー/なつみさま





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