オリオンの魚は回遊する

 ずっと部室に置き去りにされいるアコギは、チューニングもまともにされていないせいでさっきから音がずれまくっているけど、勘右衛門はそれをまったく気にせず、気持ち良さそうに歌っている。勘右衛門が最近はまっているというインディーズバンドのバラードを、勘右衛門の声で聞くとまるで別の曲のようだ。勘右衛門の歌声は人を惹きつける。低めのテノールだけど、真っ直ぐに通る心地のいい声。これでポップスからハードロックまで歌い上げるんだからすごい。1番が終わったところで、あとコードがわかんない、と言ってまた最初に戻った。何度も同じコードを弾いている勘右衛門に倣って、おれも今度のライブでやる曲でもやるか、とスティックを握る。スネアでリズムを取っていると勘右衛門が「ねえハチー」と声をかけてきた。


「今度の練習さー、またあっちのスタジオで取ってもいいかなー」
「あー、おれはいいけど、…てかあれだろ、あの女の子に会いたいだけだろ」
「もっちろん!この前から何度か誘ってるんだけど、なかなか予定合わなくて会えてなくてさー」
「言っちゃなんだけど、いつもお前の周りうろついてる女子のほうが可愛くね?」
「ゆうもかわいいじゃん」
「まあ、かわいかったけど」
「だろー?まあいいや、みんなにも聞いてみよ。駄目なら兵助と行けばいいか」


 ゆう誘ったら来るかなー、とぼやきながら、アコギを肘置きにしてスマホをいじっている勘右衛門に「そしたらおれも誘って」と言えば「おー」と適当な返事が返って来た。聞いてるんだか聞いてないんだかわからん。勘右衛門がスマホでみんなにラインを回している間に、曲のサビの部分を何度か叩く。勘右衛門が「うるさっ」と言ったのが表情でわかって、さらに力を込めて叩く。耳を塞ぐ仕草をした勘右衛門に「ざまあ」と舌を出せば、無言で中指を立てられた。おい。スネアの上にスティックを置き、上に羽織っていたシャツを脱ぐ。涼しくなってきたからと言っても、やっぱり動くと熱い。


「さっき、ゆうちゃん誘うとか何とか言ってたけど、あの子なにやるの?ギター?」
「ギターも弾けるけど、ボーカルが本業」
「へえ、うまい?」
「ゆうの歌聞いたら、おれが歌うなんて言い出せなくなるくらいやばい」
「えっ、まじ?聞いてみたい!なあなあ、3人でやるときおれも誘ってくれよ。ドラムいたほうがバランスいいだろ?」
「えー…」
「なんだよ、聞かせるの嫌なのかよ」
「嫌だよ。あれはだめ。惚れるもん」


 何故か拗ねたような顔をした勘右衛門を見て、ああそういえばこいつって好きなものは手元において誰にも見せたくない派なんだった、と思い出した。そして、なるほどこいつはゆうちゃんの声に惚れたのか、と。特定の彼女を作らない主義を掲げて、この大学3年間を過ごしてきた勘右衛門には、実は一途に想う女の子がいました、とか、やばいおもしろい。隠すことなくにやにやしてると、「え、気持ち悪い」と怪訝な顔をされた。なんとでも言え。おれは今最高におもしろい情報を手に入れたんだ。


「勘右衛門が一途だったとは知らなかったなあ」
「はあ?誰が」
「え、だから、お前」
「なんで」
「ゆうちゃんのこと好きなんじゃねえの?」
「いや、別に?」


 心底意味がわからないとでも言いたげな顔をして首を傾げた勘右衛門に、 あ、やっぱこいつ駄目だわ、と思うのは、たぶんおれだけじゃないはず。







20131026~

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