あ、
 ふと横切った後ろ姿に視線が奪われた。その隣にはやたらと短いナース服を着ている女の子がいて、ウエイターに寄り添うように歩いている。ここの女の子たちの中には、ウエイターやお客さんとの出会いを期待している子もいるから、結構よく見る光景であるけど、やっぱり気分のいいものではない。しかも、ウエイターはあの人だし。


「名前ちゃん?」
「あ、ごめんなさい、ぼーっとしてました」
「全然いいよー。名前ちゃんは何をしててもかわいいなあ」


 でれでれと鼻の下を伸ばしている随分と年上のお客さんに愛想笑いを返す。今日はお客さんがやたらと多いせいで、ウエイターがそばにいてくれない。忙しそうに走り回っている。いつもならわたしの後ろにひとりついていてくれて、何かあれば助けてくれるんだけど。わたしは膝の上で手を強く握り、なるべくお客さんと距離を置く。この人、すごく嫌な感じ。
 いきなりずいっ、と近寄ってこられて、肩が跳ねた。逃げようにも、これ以上距離を置いたら椅子から転がり落ちてしまう。だんだん口の端が引きつってきた。はやく時間にならないかな。誰でもいいから、ウエイター来ないかな。ユキちゃんとか、誰か、見つけてくれないかな。


「おれ、名前ちゃん、すっごいタイプなんだよね」
「はあ、ありがとうございます」
「ちなみにさ、彼氏はいるの?」
「えっと、内緒です」
「えー、教えてくれてもいいじゃん。他の女の子は教えてくれたよ」
「わたしはそういうの、答えないことにしているので」
「ねえ、おれはどう思う?名前ちゃん的にあり?なし?」


 なし!、と心の中で叫びながら、えへへ、と笑って誤魔化す。そんなことを言う勇気は、わたしにはない。気持ちの悪い笑顔を浮かべながら、じりじりと距離を詰めてくるお客さんから逃げるには、この席から逃げるしかないのに。どこを探したって、今日担当のウエイターがいない。ああもう、
 椅子から立ち上がろうとしたわたしの腕を、誰かの手が掴んだ。振り返って見たのは、さっき目で追いかけた灰色。


「名前さん、次行きますよ」
「え、」
「ほら、早く」


 わ、わ、と慌てて立ち上がるわたしの腕を引いて、そのウエイターは人混みに紛れ込む。後ろからわたしの名前を呼ぶ声がしたけど、ウエイターは振り向きもしなかった。自分の腕を掴む大きな手に、かあ、と顔が熱くなる。控え室に戻っても腕は離されず、ずんずんと学校の中に入っていく。ウエイターが足を止めた場所は、普段は衣装置き場になっている教室の前だった。足を止めたのになかなか腕を離してくれないウエイターに、「あ、あの、」とおずおずと声をかけると、ウエイターは慌てた様子で腕を離してくれた。ここが薄暗くてよかった。顔、絶対真っ赤だ。


「すいません、見てられなかったから、つい」
「いえ、助かりました。ありがとうございます」


 頭を下げてお礼を言うと、ウエイターはぱたぱたと手を振って「いやいや!おれが勝手にやったことですので!」と照れくさそうに鼻の上をかいた。うっわあ、いい人。これはチャンスなのでは。せっかくふたりきりになれたんだし、いつもはユキちゃんたちに邪魔されちゃうし、


「あの、お、お名前はっ!」
「えっ、あ、おれ、竹谷っていいます!」
「…竹谷さん、」
「はい!」
「お礼を、したいので、よかったら、連絡先を教えてもらっても、」
「わああもちろんです!」


 竹谷さんがいきなり大きな声を出して、わたしは思わずびく、と身をすくめてしまった。それに気付いた竹谷さんがぺこぺこと頭を下げる。うわあ、どうしよう。竹谷さんが持っていた注文表の裏に、アドレスと電話番号を書いて渡す。竹谷さんはそれを受け取って、大切そうに制服の胸ポケットにしまった。わああ渡してしまった…!顔が熱くて熱くて仕方ない。この後も会場に戻らなきゃいけないのに、どうしよう、このまま控え室に戻りたい…!まともに竹谷さんの顔が見れなくて、足元を見つめたまま「あの、あの、」と口ごもる。ぐっ、と覚悟を決めて、顔を上げれば、竹谷さんと目がばっちり合ってしまった。また体温が上がった気がする。


「連絡、待ってます」
「はい!今日します!これ終わったらすぐにします!」


 どきどきと高鳴る心臓を抑えながら、ぺこっと頭を下げて、逃げるように駆け足で控え室に向かう。控え室に駆け込んだ勢いのまま。へにゃへにゃと座り込んだわたしを見て、控え室にいた女の子たちが「ど、どうしたの名前」と不思議そうに声をかけてくれたけど、今はだめ、顔を上げることができません。






「…なにやってんの、ハチ」
「なにあのかわいい生き物…っ!」






■もしもせかいのはしっこ主が竹谷と両思いだったら/遠野さん
 20130925





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