湿った土の中でひっくり返っている自分が情けない。しかも足を挫いたみたいで、なおさら情けない。ついでに腕も石か何かで切ったみたいで、情けなくて言葉も出ない。そもそもおかしいと思ったんだよね。今回の実習は六年生全員がふたつの組に分かれて陣地取りをする、より実践に近い形のものだったんだけど、自分でも呆れるくらい不運な僕が、特にこれといった不運に見舞われることもなく、終了間際まで残っていること自体、この六年間ほとんどあり得なかったことだ。落とし穴に落ちることもなく、罠の上に着地することもなく、枝から足を踏み外すこともなく、相手の攻撃を避け損ねることもなく。まあ、結局は落とし穴にはまったんだけどね。自分で言ってて悲しくなってきたけどね。はあ。深い落とし穴の中に変なものが仕掛けられていなかっただけ、まだましかもしれない。今回の実習は、死に至らしめるようなもの以外は何でもありだったから、何があってもおかしくなかった。ぽっかりと空いた穴からは、うっすらと明るくなり始めた空が見えた。実習は夜明けまでだったはず。どっちが勝ったかなあ。とりあえず誰でもいいから回収に来てくれないかなあ。
 ずきずきと痛む足首と腕をかばって、じっと目を閉じて動かないでいると、ざっ、ざっ、と木々の間を抜ける音が聞こえた。目を開ければ、穴を覗き込む数人の黒い影。


「善法寺か」
「あ、はい」
「随分深い穴に落ちたもんな」
「あはは…」
「名前先生、善法寺をお願いしてもいいですか」
「はーい、了解です」


 あまり聞き慣れない声がして、そのひとりを残して、他の先生方はどこかへ行ってしまった。穴を覗き込むその先生は、くのいち教室の、  そう気付いた瞬間、かっ、と顔が熱くなった。ええええまさかこんな姿を見られるなんて!穴があったら入りたい…、いやもう穴の中なんだけど!名前先生はくのいち教室の先生で、若いほうの山本シナ先生と並んでも見劣りしないくらい綺麗な人だ。くのいちとしてもとても優秀で、優しくて、格好良くて、ほんと素敵よね!とくのたまたちが話しているのはよく聞くけど、僕たちにんたまが名前先生の姿を見かけることはほとんどできないけど、目の保養的な意味も含めて、みんなの憧れの先生のひとり。が、今、なんで、ここに…!
 暗い穴の中からでは名前先生の顔なんてほとんど見えない。でもその声がすごく優しくて、なおさら情けなくなってきた。


「善法寺くん、立てる?」
「あ、はい、…たぶん」
「どこ怪我してるかわかる?」
「右の足首を捻っていて、右腕を石で切ってます」
「あら、結構大怪我ね。それじゃ立てないんじゃない?んー、ちょっと隙間あけてくれるかな」


 名前先生の指示に応えようと傷を庇いながらのろのろと動いて、少しだけ隙間を作る。その隙間に下りてきた名前先生は、器用に体を屈めて、僕の膝の下と背中に腕を回して、あっという間に持ち上げてしまった。ひいっ、と情けない声を出した僕の顔のすぐそばに、恐ろしく綺麗な名前先生の顔がある。ひいい!いい匂いする!じゃなくて!男のくせに女の人の持ち上げられるなんて…!しかも横抱き…!恥ずかしさとか情けなさとか緊張とか何かしらのいろんなもののせいでぐん、と体温が上がる。


「ああああの!自分で立てます、ので!」
「いいの、いいの、無理しないで。上に上がるから、ちゃんと捕まっててね」


 至近距離で微笑まれて、心臓が痛い。泣きそうなくらい、心臓が痛い。唇を噛み締めている僕を余所に、名前先生はぐん、と地面を蹴って、すとんと地上に戻る。男ひとり抱えていることも感じさせないくらい軽やかでびっくりした。「よっ、」僕を抱き直した名前先生にはっ、として、「ぼ、僕、自分の陣地に戻らないとっ」と言えば、名前先生はきょとんと首を傾げた。その姿もお綺麗です…。


「実習なら少し前に終わったけど?」
「…へ?」
「ほら、夜も明けたでしょ?みんな学園に戻ってる頃かな」


 名前先生が空を見上げたのにつられて顔を上げれば、空はさっきよりも明るくなっていた。鳥のさえずりも聞こえてきて、辺りはすっかり夜明けを迎えている。もう少し粘っていたら、最後まで実習に参加できたんじゃないか。途端に体の力が抜けて、僕は思わずはあ、と溜め息をついた。すると、緩く微笑んだ名前先生と視線が絡んで、また心臓がどきっ、と高鳴った。あああ心臓が痛い!


「善法寺くんが怪我してなかったら、わたしのお気に入りの場所に連れていきたかったな」
「えっ」
「朝日がとても綺麗に見えるの。いつか連れていってあげるね」


 そう言って微笑んだ名前先生にときめき過ぎて、うまく返事ができなかった。消えるような小さな声で「はい…っ」と答えた僕は、そのまま両手で顔を覆う。くすくす笑う声がすぐそばで聞こえた。それから忍術学園に着くまで一瞬も顔から手をはずせなかった僕を、みんな笑うといいよ!僕は名前先生が好きになっちゃったの!悪い!?いつか名前先生を守れるような忍者になってやるんだから!






■男前女教師と六年か五年/モリコさま
 20130925





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