「はあ、名前さん可愛い…」


 ぽろっとこぼれたひとりごとを、近くで飲み物を作っていた兵助が目ざとく拾って「きもちわるい」と嫌そうな顔をした。おれはわざと拗ねたように唇を突き出し、椅子の背もされにだらんと体を預けて、「兵助はいっつもそう!」と兵助を攻め立てる。


「兵助だって名前さんのこと可愛いって思ってるくせにさ、なんだよその言い方、おれだけ悪いみたいな言い方してー」
「お、おれは別にか、かわいいなんて、思ってない、し…」
「はいはいツンデレおいしいねー。名前さんかわいいー、彼女にしたーい、触りたーい」
「…勘ちゃんは自分に正直すぎるのだ」
「あ、三郎と雷蔵、おつかれー」


 会場から戻ってきた二人に声をかけると、ふたりも「おつかれ」と返してくれた。兵助の手伝いを買って出る雷蔵に対し、三郎はすぐにおれの隣の椅子に腰を下ろした。おれたちが着ているウエイターの制服は、案外動きにくい上に、窮屈だ。疲れる。


「今日の盛り上がりやばくない?」
「やばいな。まず客が多い」
「あー、新規の客もいたっぽいしなー。なんでこんなところに好き好んで来るんだか」
「バイトしてる私たちが言えることか」
「そりゃそうだけど、給料いいんだもん。女の子かわいいし」
「名前さんとかな」
「そりゃあ別格でしょ!でも倍率高過ぎ」


 客の3割は名前さん目当てでここに通っていると言っても過言ではない。確かにかわいいし、出会い目的の女の子とは違ってうるさくないし、かわいいし、かわいいし。まあ、気持ちはわかる。こんなところに通うような趣味はないけど。


「そういえばハチは?」
「あー、あいつ今日名前さんの担当だし、バックには戻ってこないんじゃないか」
「名前さん、さっきの試合で怪我してたよね。ハチ、その治療でもしてるんじゃないかな」
「うーわ、ずるっ!ハチのくせに!おれが代わりたい!」
「あれ?でも今日の対戦相手ってユキさんだよな。あの人が名前さんに怪我をさせるとは思えないんだけど」
「うーん、なんか名前さんがユキさんの手を避け損ねたみたいだったよ。いつもなら相手の動きに合わせてちゃんと動くのにね。どうしたんだろう」
「名前さん、試合中に客席見てるときあるからな」
「でも客席なんてライトでほとんど見えないじゃん。なに見てるんだろ」
「何も見てないだろ。でもそれで客は自分を見たと喜ぶ。指名が増える。儲けも増える。私らの給料も増える」
「あれを無意識でやってるあたりが、名前さんのこわいところだよね」


 雷蔵が苦笑しながら、会場の方に顔を向ける。男たちの歓声と会場に鳴り響く音楽が混ざり合って、ライブ会場のような盛り上がりだ。でも実際にあの中で行われているのは、女の子たちがそれぞれの衣装をまとって戦う、ガールズファイトというショーだ。客を喜ばすためのパフォーマンス。だから滅多なことじゃ怪我人は出ないし、本気で戦うことが好きな女の子もいない。蓋を開ければ、そういったからくりで出来ているこの場所に、バカな男たちは魅せられる。バカみたいに金を払う。まあ、おれたちはその収入から給料をもらっている側だから、むしろありがたいけど。
 自分たちの出番が来るまでだらだらと意味もない話をしていたおれたちのところに、ひとりのウエイターがばたばたと掛け込んできた。よく見なくてもそれはハチで、顔どころか耳までを真っ赤にさせて、肩で息をしている。


「なにしたの、ハチ。顔真っ赤だけど」
「ささささっき、名前さんと話して、それで、その、」
「え、まさか勢い余って告白したとかじゃないよな?」
「い、いやまだ!途中でユキさんに遮られて…、で、でもそのあと名前さんがおれの名前呼びながら顔を覗き込んできてさあ!やっべーよ、なにあれかわいい…!」
「はいはい自慢乙ー。ハチ、この後ずっとバックねー」
「えっ!?」
「わざわざ言わなきゃいいのに、ね、三郎」
「な、雷蔵」
「自業自得なのだ。頑張れ、八左」
「え、えええ…?」


 よいしょ、と立ち上がって、それぞれの仕事に戻っていくおれたちを呆然を見送ったハチは、きっとこの後、さっきの名前さんのことを思い出して、また顔を真っ赤にするんだろう。おれたちもみんなそうやって、名前さんに惑わされていることを知らずに。




■せかいのはしっこ主と5年生たちウエイターの絡み。または主人公について話している5年生や主人公の試合が他人の目からどう見えているか/シイナさま
 20130910





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