「名前せーんぱい」
「あら、また忍びこんできたの?鉢屋」


 木の上の私を見上げて微笑んだ名前先輩に、口元が緩む。「私に会いたかったでしょう?」と返せば、くのいち教室の縁側に座っている名前先輩が「そうね」と素直に答えた。普段とは違うその様子に、なんだか拍子抜けした。くのいち教室に忍びこむために登った木から降りた私を至極楽しそうに見つめて、私を手招く。促されるままに名前先輩の隣に腰を下ろせば、名前先輩は足を組んでにこり、と笑った。


「鉢屋、今日は何をしに来たの」
「名前先輩の顔を見に」
「あら、ほとんど毎日見てるじゃない」
「名前先輩が卒業したら、こんなに一緒にいれなくなるから」
「最近その話ばかり。鉢屋は意外と寂しがり屋さんなのね」


 知らなかったわ、とにやにやと笑う名前先輩にムッ、として、その柔らかい頬を軽くつまんでやる。「いひゃい」とあざとく言って、私の手を掴む名前先輩がかわいくてかわいくて、かわいい。しかもこの人は自分の容姿の良さを自覚して、すべて計算で行動するから厄介。名前先輩のこういうところが、くのいちらしいくのいちだと言われる所以だ。
 忍術学園とはいえ、くのいちとして卒業していく生徒はあまり多くはない。始めから行儀見習いで来ている生徒もいれば、過酷で決して華やかではないくのいちの世界に耐えきれず、途中でやめていく生徒もいる。上級生に上がる頃には同輩は半分になり、六年生になる頃には片手で数えられるようになる。くのいちの世界は、忍者のそれよりも厳しいと聞く。それなのに名前先輩は戦場に生きたいと言う。戦場で命を終えたいと言う。私の気持ちを知らないふりをして。
 名前先輩の頬を撫でて、大きな目をじっと見つめれば、名前先輩はその目を細めて、私の首筋に指を這わせた。至極楽しそうな名前先輩の表情に、きゅう、と心臓が締め付けられる。この人を誰かに盗られたくない。


「名前先輩が私の知らないところで死ぬのは嫌だ」
「忍は誰にも知られずに死ぬものよ」
「好きな人の最期を知りたいと思うのは当然でしょう?」
「そうかしら。わたしは知りたくないわ」
「………」
「貴方がこの世のどこかで幸せなら、それでいいもの」


 さっきの仕返しをするのように、名前先輩が私の頬を細い指でつまむ。名前先輩の言葉に何も返せなくなった私の頬を両方つまんで、ぐい、と上げられる。無理やり頬を上げられて、変な顔になっているだろう私の顔を見て、名前先輩はぶふっ、と吹き出した。さすがにイラッ、として名前先輩の手を払い落せば、名前先輩は腹を抱えてけたけたと笑う。計算づくされた表情よりも、こういった楽しそうな表情の方が好きだけど、私がその対象にされるのは好きじゃない。ぶすくれる私の隣でひとしきり笑った名前先輩は、はー、と息を吐いたあと、私の膝をぺし、と軽く叩いた。


「情けない顔してんじゃないわよ、ばーか」
「…うるさい」
「そんなにわたしが好きなら、結婚してくださいくらい言えばいいじゃない」


 ね?、と首を傾げた名前先輩に、にやりと笑って「言ってほしかったんですか」と返せば、名前先輩は少しだけ拗ねたような顔をして「意地悪ね」と笑った。





■三郎が後輩の先輩女主で、甘い話/56さま
 20130910





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