丸い空をよく見上げるようになった。足をくじく回数も、かすり傷の数も増えた。怪我をして医務室に行くたびに伊作に呆れられるようになった。「いい加減にしたら?」と窘められるようになった。


「だあいせいこう」
「…おめでとう、綾部」


 穴の淵からこちらを覗き込む、最近よく見慣れた顔に、私はへらりと笑う。もはや怒る気力もない。ずず、と土の壁に頭を預けて綾部の顔を見上げれば、丸い穴から差し込む光で綾部の髪がきらきらと煌めいていた。私は存外、この景色が嫌いじゃなかったりする。


「さっさと出てきてください」
「それ、私を突き落とした奴が言うことかなあ」
「六年生なんですから、僕の気配くらい気付いてくださいよ」
「それもそうだね」


 あっさりと認めた私を面白くなさそうに見た綾部が、穴の淵から顔を引っ込める。打った腰を庇いながら立ち上がり、上を見上げれば、そんなに深い穴ではないことに気づいた。穴の淵に難なく手が届く。穴から這い出て、制服と手についた土を適当に払っていれば、踏み鋤を抱えた綾部が私のそばに寄ってくる。私の顔を穴が空きそうなほどじっと見つめてくる綾部に、「なに?」と首を傾げても、綾部は答えない。


「不機嫌そうだね」
「なまえ先輩はいつになったら、僕の落とし穴に落ちてくれるんですか」
「落ちてるじゃない。だいたいはお前に突き落とされた結果だけどね」
「どんなにうまく穴を掘れても、なまえ先輩は落ちてくれません」
「そりゃあね」
「どうしてですか」
「お前が罠を仕掛けるのが下手だからじゃない?」


 ふふ、と笑いながらそう言えば、綾部はむっ、と顔をしかめて、ますます不機嫌そうな顔になる。綾部の頬についた汚れを拭ってやっている間は大人しくされるがままなくせに、拗ねた表情は変わらない。いつものことだけど。「またね、綾部」と身体の向きを変えれば、綾部は少し間をおいてから私の後ろをちょこちょことついてきた。そして私の制服を掴んで、振り向いた私を真っ直ぐ見つめる。綾部の大きな目は、恐ろしいほどに真っ直ぐと私を射抜く。


「何だい?」
「今夜、なまえ先輩の部屋に行きます」
「おや、きちんと約束ができるようになったじゃないか。えらいね」


 可愛い後輩の成長が単純に嬉しくて、私は綾部の頭を撫でてやる。前までは綾部が約束もなしに部屋に来たり、私がいないのに勝手に布団を敷いていたりしていたのに。根気強く言って聞かせた甲斐があった。


「待っているよ」


 綾部の頭から手を下ろして背を向けた私の後ろで、綾部はどんな顔をしているのか。あの不器用のことだ、きっと変な顔をしているに違いない。隠しきれない喜びを必死に隠そうとする、歪んだ表情を。






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