「なまえ先輩どこに行くんですか」
「町に行くんだよ」
「ぼくもついていってもいいですか」
「うーん、それはちょっとねえ」


 僕が少しでも困った顔をすれば、喜三太くんはくしゃりと顔を歪めて「どうして?」と消え入りそうな声を出す。僕の着物の裾を掴んで、行かないでください、と呟く喜三太くんに、僕は頭を抱えたくなる。どうしてこうなっちゃったんだろう。かわいい女の子と約束をした日に限って、喜三太くんに見つかってしまう。そうしてこうやって泣きつかれる。どこにいくの、なにをしにいくの、ぼくをおいていくの。そうやって泣く。喜三太くんをこんなふうにしてしまったのは誰?僕じゃないよ、って誰か言ってよ。
 僕にすがりついて「行かないで」と言う喜三太くんの頭を撫でる。そうすると喜三太くんはうるうると潤んだ大きな目が僕を見上げてきて、僕はどうにも責められている気分になる。いや、まあ実際、責められているんだろうけど。


「約束があるんだ。だから行かないと」
「ぼくだってなまえ先輩と約束しました。どこにも行かないって。なのになまえ先輩は、ぼくを置いていこうとする…っ!」
「ちゃんと帰ってくるから、ね?」
「…ほんとうに?」
「うん」
「夜には、帰ってきますか」
「夕方には帰ってくるよ。夜ご飯は一緒に食べようか」


 僕がそう提案すれば、喜三太くんは渋々といった感じで、小さくこくん、と頷いた。でもなかなか手を離してくれない。喜三太くんの手をぽんぽんと軽く叩いてみても、喜三太くんはさらに力を込めて握り締めるだけ。困ったなあ。ぼくがこの子の手を強く振り払えないことを、この子は知っている。


「手を離してくれるかな、喜三太くん」
「…本当に、行かないとだめなんですか」
「約束は守らないといけないんでしょ?」
「…だって、………」
「だって、なあに?」
「…なまえ先輩がいないと、さみしい、です」


 喜三太くんは素直すぎる。喜三太くんの言葉が真っすぐだから、ぼくはそれにどう答えたらいいのかわからない。だってさ、かわいいじゃん。ぼくのことが好きで好きで仕方ないのがわかっちゃうから、困るんだよ。どうしてこうなっちゃったのかなあ。ぼくは女の子が大好きなのに。喜三太くんのことは、どうやっても好きになってあげられないのに。あーあ、かわいそうに。
 喜三太くんの頭をなでて、ぎゅう、と抱きしめてみる。それだけであわあわと顔を真っ赤にしてぼくから体を離す喜三太くんに、にっこりと笑いかければ、喜三太くんはぼくの顔をじっと見上げた。眉間に皺を寄せて、なんとも言えない表情をしている。きゅんとした?ああ、本当にこの子が女の子だったらよかったなあ。


「いい子で待っててね、喜三太くん」


 一度離れた小さな手がぼくの着物を掴む前に、ぼくは地面を蹴って門を飛び越えた。さみしそうな顔でぼくを見上げる喜三太くんに手を振って、ぼくは町で待つかわいい女の子のところへ急いだ。
 この学園にいる間はいっしょにいてあげるから、いつかいなくなるぼくのことを早く諦めてね、喜三太くん。





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