なまえ先輩と会えない。今まではそんなに苦労しなくても結構簡単に会うことができたのに、この一ヶ月、会うことも、姿を見かけることもできなかった。食満先輩に聞いてもはぐらかされるだけで、何も教えてくれない。どうしてだろう。実習に行っているのかな。もしかして病気にでもなっちゃったのかなあ。でも乱太郎はそんなこと一言も言ってなかったから、きっと何か用事があってお忙しいんだ。六年生だもの、やらなきゃいけないことがたくさんあって、それで会えないだけ。きっとそう、絶対そう。なまえ先輩が忙しくなくなったらまた会える。だいじょうぶ。おんなじ学園にいるんだもの。そうだよね、なまえせんぱい?


「あ、喜三太くん、起きた?」


 ふわふわとする意識の中に、とても優しい声が降ってきた。うっすらと目を開けると、ぼくの顔をのぞき込むなまえ先輩がいて、心臓がどきっ、と高鳴った。起きたばかりで頭が全然回らないぼくに、なまえ先輩は毎日夢で見たそれとなんにも変わらず、「新野先生、たぶんすぐ来ると思うよー」とやさしく微笑んだ。


「なまえ先輩…?」
「うん?」
「…ほんもの?」
「え?どうしたの、喜三太くん。もしかして僕の顔忘れちゃった?」


 なまえ先輩が少しだけ困ったように笑った。布団の中からのろのろと手を出して、なまえ先輩の方に伸ばせば、なまえ先輩はにっこり笑って「ほら、本物本物」と手を握ってくれた。なまえ先輩の手のあたたかさが伝わってくる。起き上がろうと体を動かせば、なまえ先輩が腕を引っ張って起こしてくれた。なまえ先輩は、すごく格好良い。何をしてても格好良い。やさしいし、面倒見がいいし、初めて会ったときになまえ先輩に一目惚れしたぼくのことを気持ち悪がらずに一緒にいてくれる。顔が熱くなるのを感じながら、なんとかお礼を言えば「どういたしましてー」と笑った。


「実習中に倒れたんだってね。丸々一日眠ってたって聞いたけど、寝不足かな?心配事でもあるの?」
「あ、えっと、もう、だいじょうぶ、です」
「そう?何かあったら何でも言ってね。そういえば、さっきまで留くんもいたんだけど、委員会があるからって行っちゃったんだ。すっごく心配してたよ。委員会終わったらまた来るって」
「………」
「あれ、喜三太くん?まだ具合悪い?おかしいなあ、新野先生はもう大丈夫って言ってたんだけど」
「…なまえ先輩、今まで、どこにいたんですか」
「ん?ああ、ずっと実習に行っててね、それがねえ、すっごくめんどくさくて、なかなか帰ってこれなかったんだ」
「どうして、僕に教えてくれなかったんですか」
「言うときがなくて、心配掛けちゃったね、ごめんね」
「…会えなくて、さみしかっ、…っ」


 突然ぼろぼろと、決壊したかのように涙があふれ出してびっくりした。今まで我慢してたこととか、久しぶりになまえ先輩に会えたこととか、どうして何も教えてくれなかったのかとか、いろいろなことがぐちゃぐちゃになって、自分ではどうしようもなくなってしまった。そんなぼくを見て大きく目を見開いたなまえ先輩が、空いている手でぼくのほっぺを撫でた。涙を掬ってくれるなまえ先輩の手があつい。ぼくの顔を覗き込むなまえ先輩の心配そうな目が心地いい、なんて。


「せんぱ、なまえせんぱい、っ、」
「うん、ゆっくりでいいよ」
「…、すき」
「っ」
「すき、です」
「…うん、ごめんね」


 ぼくの告白に初めてごめん、と答えたなまえ先輩は、同時にとても苦しそうな顔をした。ぼくはなまえ先輩の手を握って、甘えるようになまえ先輩の胸に頭を寄せる。そうすればなまえ先輩は、ぼくの背中に手を乗せて、ゆっくりと撫でててくれた。その手の優しさに、ぼくはただただ泣き続けた。
 ぼくが怪我したり攫われたり危険な目に遭ったりすれば、なまえ先輩はすごくやさしいから、絶対に助けに来てくれる、ぼくのことを可哀想だって思って、一緒にいてくれる。そのくらいしないと、年下で、弱くて、泣き虫で、男のぼくは、なまえ先輩を引き止めておくことができない。何が何でもなまえ先輩のそばにいたいから、そのくらい好きだから、少しくらいの痛い思いとか怖い思いとか、全然平気。どんな理由でも、なまえ先輩がそばにいてくれるなら、ぼくは耐えられる。
 わんわんと泣き続けるぼくの肩を抱き寄せて、ぎゅう、と抱き締めてくれるなまえ先輩にすがりつく。なまえ先輩は小さい子どもをあやすように、ぼくの背中をとんとんとやさしく叩いて、何度も「ごめんね」と謝った。


「どこにも、どこにも行かないでください…っ!」
「うん、ごめんね喜三太くん、心配させてごめんね」


 そのやさしさにつけ込もうとする人間もいるんですよ、なまえ先輩。






20131009
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