「なまえ先輩、なまえ先輩」
「ん、なあに?」
「だいすきです」
「ありがとう、喜三太くん」


 僕がそう言って笑えば、喜三太くんはぱっと頬を赤く染めてはにゃあ、ってとても可愛らしく笑う。恥ずかしそうにはにかんで、僕の手をその小さな手で握る喜三太くんは、本当に可愛い。女の子かってくらい可愛い。でもいくら可愛いからって、5つも下の子ども、しかも男に手を出すなんて外道みたいな真似はしないから、殺してやると言わんばかりの形相で、物陰から僕を睨むのはやめてほしいな、留くん。あと僕たちを付け回すのもやめてほしい。喜三太くんが気づいてないからいいけど、これが喜三太くんにばれたら、嫌われちゃうと思うよ。可愛い後輩が心配なのはわかるけどさ、相手は僕じゃん。君と6年間一緒に忍者を目指してきた同輩じゃん。少しくらい信用してくれないかなあ。


「お前のことは信用はしてるけどな、それでも俺は喜三太がお前に手を出されるんじゃないかって心配で心配で…!」
「それって結局信用してないじゃーん」
「うるせえ!自分の今までの行いを見直してみろ!」


 留くんの罵倒にイラッ、としたので、食満くんに向かって蹴りを入れる。たいして力の入れていない蹴りは、ぼすっと留くんのおなかに当たって、すぐに跳ねのけられた。地味に痛い。僕はふわふわと欠伸を漏らし、敷いていた布団の上にうつ伏せに寝転んだ。今日は布団を外に干したので、すっごく気持ちいい。
 一応、僕だって喜三太くんには本当に酷いことをしているなあ、と思っている。喜三太くんの気持ちに応えるつもりもないのに、突き放すこともしなくて、それで自分はもうすぐ卒業して、喜三太くんをこの学園に置いていく。可哀想な喜三太くん、僕みたいな男を好きになっちゃって。もっと優しい人を好きになればよかったね。できれば、女の子を。
 難しい顔をして腕組みをしている留くんの顔を下から見上げて、へらりと笑えば、留くんの顔はますます歪んだ。


「今までの行いが悪い僕でもさ、さすがに5つも年下の子どもに手は出さないから安心してよー」
「じゃあ借りに喜三太が同学年だったらどうすんだ?」
「え、そりゃあ、ねえ?」
「腹切れ」
「冗談だって。小さくて一生懸命で可愛いなあっては思うけど、それ以上の感情はないから安心してね」
「…はっきり言ってやった方が優しいと思うけどな、俺は」
「返事はいらないって言われている告白に、わざわざ返事をしてやるのが優しさだとは思わないね、僕は」


 僕の言葉に、留くんははあ、とため息を漏らした。後輩思いの留くんは、喜三太を応援したい気持ちと、喜三太を悲しませたくない気持ちがごちゃまぜになって、どうしたらいいのかわからないらしい。喜三太の前では応援しているふりをしているけど、僕には牽制をする。でも僕は始めから何もするつもりがないから、まったくの無意味だってことに、留くん自身も気づいている。つまり、八つ当たりをしているんだ、僕に。こんなことになるなら、喜三太くんと知り合わなきゃよかったなあ、なんて、留くんに言ったらまた複雑な思いをさせることになるんだろうけど。


「そういえば留くん、任務とかないの?」
「最近は委員会が忙しくてな。なまえは?」
「僕は5日後に長期の任務が入ってるよ。どのくらいかかるかわからないけど、結構長くなりそう。あーあ、僕も委員会入っとくんだったなあ」
「経験がつめるんだからいいじゃねえか」
「まあねー。喜三太くんには何も言わないで行くつもりだから、留くんも何か聞かれても知らないふりしててよ」
「ああ、わかった。怪我とかすんなよ」
「おー」


 枕に顔を半分預けながら、留くんに向かって手をひらひらと振る。留くんはふっ、と笑って、僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。留くんって、たぶん僕のこと弟っぽいって思っているんだろ思う。よく下級生にするみたいに頭を撫でてくるし、僕が町の女の子たちに追いかけられているとなんだかんだ助けてくれるし。その後のお説教は物凄くめんどくさいけど。こういうお兄ちゃんが欲しかったなあ。
 ふと気づけば、いつもなら留くんが部屋に帰る時間になっていた。それでもなかなか帰るって言い出さないから、僕はぴん、と思いつく。さては留くん、部屋に帰りにくいんだな。にやにやと緩む顔を抑えながら、僕は留くんに声をかける。そんな僕を見て、留くんはあからさまに嫌そうな顔をした。


「留くん、泊まってく?」
「いや、いい」
「なあんでー?またいさっくんが部屋に幼馴染くんを連れ込んでるんでしょー?留くんめっちゃ気まずいじゃーん」
「別にあの二人は恋仲なわけじゃないし」
「恋仲みたいなもんじゃん。あ、なんなら留くん、僕と恋仲になるー?」
「ならねえよっ!」
「そんな全力で否定しなくても」


 冗談通じないなあ。けたけた笑う僕をキッ、と睨みつける留くんに向かって、肩をすくめてみせる。僕は可愛い子とか綺麗な子とかが好きだから、仙蔵くんみたいな美人ならともかく、留くんみたいな男前には惚れたりしないよ。何より女の子のほうが、断然かわいいしね。いそいそと布団にもぐりながら「襖の中の布団、この前干したばっかだから使えるよ」と留くんに伝えると、留くんは苦々しい顔をしながらも「悪いな」と言った。それだけ確認して、僕はそっと目を閉じた。人がいる夜は久しぶりだ。






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