「…そんなことあったっけ?」
「あったよ。てかそんな前じゃないぜ?」
「俺、あの頃の記憶がときどき飛んでるんだよ」
それ以前のこともほとんど忘れてるんだけど。
けろっとした顔で言ってのけるなまえ先輩に思わずため息をつく。この人は、本当に、もう。なまえ先輩は懐からお客さんにもらった饅頭を俺に差し出す。なまえ先輩は町のおばちゃんたちからよく食べ物をもらっている。なまえ先輩のあまりの細さと儚げな様子に、おばちゃんたちは世話を焼きたくなるらしい。でも結局なまえ先輩は食べないで、それを俺や学園のみんなにあげてしまう。この人は相変わらず生きることに興味がなくて、見張ってないとちゃんと食べないし、寝ようとしない。死ぬことはやめたけど、かといって懸命に生きるつもりもないらしい。本当にムカつく人だ。なまえ先輩から饅頭をひとつ受け取って、そのまま口に運ぶ。なまえ先輩の手に残ったもうひとつの饅頭は、丁寧に包みに包まれて、なまえ先輩の懐に戻された。
「饅頭、うまいよ」
「そう」
「…なまえ先輩も食べなよ」
「今、おなかすいていないんだ」
「いつもじゃん」
「そうだけど」
「…まあいいや。帰ろう」
アルバイトの道具をまとめた風呂敷をなまえ先輩が背負う。手の中の饅頭を口の中に放り込んで、行くよ、と手を引けば、うん、とひとつ頷いて、なまえ先輩は俺の手を握り返した。手をつないでいないと、なまえ先輩がふらふらと歩くせいで、いつの間にかはぐれたり、人にぶつかって厄介事に巻き込まれたりするから、なまえ先輩と町に出かけた時は仕方なく手をつないで歩いている。乱太郎とか善法寺先輩には「仲良いねえ」とほのぼのされるけど、全然そういうのじゃないから、複雑。
なまえ先輩の手をぶらぶらと揺らす。
「なまえ先輩は、いつか実家に戻るつもりあるの?」
「卒業したら戻るつもりだよ」
「…そう、なんだ」
「」