「死にたい、ってことですか」


 先生に言われて参加した図書委員会の一年生に、また声をかけられた。昨日と同じ、委員会が終わって職員室に向かう途中に。まともに眠っていないせいでくらくらする頭じゃ、今自分が何を言われたのかを理解するまでに少し時間がかかった。この一年生は昨日の話の続きをしたいのだろうか。振り返った俺の目を真っ直ぐに見つめ返してくるつり目がちな目が、俺を非難しているように見える。


「昨日の話の続き?」
「はい」
「俺が死にたいのかって?」
「そうです」
「そういうわけじゃないよ」
「でも昨日は、死ななきゃいけないって言ってたじゃないですか」
「死ななきゃいけないのと、死にたいのとでは、意味が違う。俺は生きていてはいけない人間なんだ」


 当然のことをそのまま伝えたはずなのに、その一年生の子はじろっ、とおれを睨みつけた。この子はきっと俺が嫌いなんだろう。俺みたいな人間は、誰かに好かれる価値もない。だからこの学園の人たちには、本当に悪いと思っている。父さんたちはこの学園で「友達を作れ」とか「生きる理由を見つけろ」とか言うけど、俺は生きる価値さえないんだから、そんなものはこれっぽっちも必要ないのに。兄さんに聞けば、絶対にそう言うに決まっている。兄さんは頭がいいから、俺がさっさと死んだ方が家のためになるってことも教えてくれた。だから、俺は早く死ななきゃいけない。家のために。兄さんのために。兄さんがあの家を継ぐために。
 くらり、と視界が揺れて、足元がふらつく。頭が痛い。ふらついて壁に手をついた俺に、少しだけ心配そうな顔をしたその子は、すぐに顔を引き締めて、口早に俺を攻め立てる。俺を見るその目が、強くて眩しい。


「なんで死ななきゃいけないなんて思うんだよ。アンタは死にたいって思う自分の気持ちを受け入れられないだけなんだろ」
「違うよ。それは違う」
「何がだよ!」
「俺が死にたくて死ぬわけじゃない」
「じゃあ、生きればいい」
「俺が生きていたって誰のためにもならないし、それどころか迷惑をかける。生きていたって意味がない。なら死んだっていい。それだけのこと」


 当然のことを話しているつもりだった。だけど目の前の一年生の顔を見る限り、それは理解してもらえなかったようで、話さなければよかった、と思った。「ごめん、忘れてくれ」と話を一方的に終え、その場を離れようとすれば、また声をかけられる。明らかに困惑した顔をしているのに、それでも理解しようとしてくれているようだ。一年生が言葉を選びながら話すのを聞きながら、だんだんひどくなってきた頭痛に、顔をしかめた。


「お、れは、戦で村を焼かれて、家族がいない。今は土井先生の家に居候させてもらってて、アルバイトで稼ぎながら、この学園に通ってる。死にたくなくて、生きてる。だから先輩みたいな人は、大嫌いだ」
「…そう」
「…先輩は?」
「俺?」
「うん。代々続く武家なんだろ。なのになんで、死ななきゃいけないの?」
「…俺には兄さんがいて、兄さんがあの家を継ぐはずだったのに、兄さんは小さい頃から病気がちで、最近はほとんど外にも出歩けないほどひどくなってる」
「ふーん。なら先輩が家を継ぐの?」
「わからない。でも、兄さんの代わりに家を継ぐという話は随分前からあって、でも、兄さんは、俺が家を継ぐのは良くないってずっと言ってた。兄さんが病気になったのも、俺が生まれたからなんだ。俺さえいなければ兄さんがが家を継げたのに、あんな病気にもかからなかったのに、俺さえいなければ、俺さえ生まれてこなければ、おれは、だから、しななきゃいけないんだよ、今すぐに」
「そんなのおかしいじゃん」
「おかしくな、あ、」


 ぶつ、と一瞬意識が飛ぶ。ずるずると壁を滑って廊下に座り込むと、一年生が慌てたように体を支えてくれた。痛む頭を抱え込むと、小さな手が俺の腕を掴んで、心配そうに「先輩、先輩」と呼びかけてくる。その声に答えることもできず、あっさりと意識を手放した。






20140329
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