三年生に転入してきた先輩がいる。囚われるように忍術学園で生活しているその先輩は、とても綺麗な躑躅色の髪をしていて、その色にいつも目を奪われる。そのたびに酷く顔色の悪い顔が目に入って、胸糞悪くて仕方ない。「ひっどい顔」と吐き捨てる俺に、乱太郎たちは「そんなこと言っちゃだめだよ」と言うけど、あの顔を見て何も思わないんだろうか。


「今日も具合の悪そうな顔をしていらっしゃるね」
「全然ごはん食べないって本当かなあ。僕だったら考えられないよ」
「夜もうなされてちゃんと眠れていないみたい、って三反田先輩が善法寺先輩に相談していたのを聞いたことがあるよ」
「えー!大丈夫なのかなあ。心配だねえ」
「そうだね。ね、きりちゃん」


 俺の顔を覗き込んだ乱太郎に、「そうだな」って適当に返事をする。頭の後ろで手を組んで、通り過ぎて行った先輩の後ろ姿に視線を向ける。その横には三反田先輩がいて、先輩の体を支えるように背中に手を回している。ふらふらとよろめくたびに、三反田先輩が心配そうに声をかけているけど、きっと返事なんてないんだろう。俺はあの先輩の名前も知らないし、顔をちゃんと見たこともない。きっとこの先、あの先輩と知り合うことはないだろう、と思っている。委員会にも入らないみたいだし、あの先輩が自分から誰かに関わることもなさそうだし、俺たちが厄介事に巻き込まれて関わったりしない限り、あの先輩の声を聞くこともないだろうな。
 と、思っていたのに。


「三年のみょうじなまえだ。しばらくの間、図書委員の仕事を手伝ってもらう」


 中在家先輩に連れられてやってきたその人の躑躅色を見た瞬間、顔が歪むのが自分でもわかった。中在家先輩の隣で、物凄く顔色の悪い顔をして、居心地悪そうに俯いているその先輩は、中在家先輩に負けないくらい小さな声で「よろしく、お願いします」と呟いた。思っていたよりも低くて心地の良さそうな声をしていて、もっとちゃんと話したらいいのに、と一瞬だけ思った。その考えもすぐに払って、怪士丸と一緒に自分の仕事に取り組む。不破先輩があの先輩についているけど、今にも倒れてしまいそうなほど顔色の悪くて、ふらふらとしているせいで、不破先輩が困っている。見ていられない。


「きり丸?」
「…え、なに?」
「いや、ぼーっとあの先輩のこと見てるから。知り合いなの?」
「ちげえよ。不破先輩が困ってるみたいだから、見てただけ」
「あ、本当だ。でも、おかしいよね」
「何が?」
「三年生の先輩方って、今朝から実地実習に行っているはずなのに、どうしてみょうじ先輩は学園に残っているんだろう」
「…編入してきたばっかりだからじゃないの?」
「そうなのかなあ、」


 みょうじ先輩の実家って、由緒正しい武家だって聞いたけど。
 ぽつり、と怪士丸が呟いたその一言に、「だったらもっとしっかりしろよ」なんて思った。将来がきちんと用意されていて、歓迎して迎えてくれる家があって、恵まれているのに、どうしてそうも生きることを放棄するような顔をしているんだ。この世には生きたくても死んでいく人間が山のようにいるというのに。
 特に何もなく無事に委員会が終わって、ふらふらと長屋に帰るあの先輩の背中を追ってみた。萌黄色の制服の上で揺れる躑躅色の髪に、どうしても目を奪われてしまうのは、その鮮やかさのせいだ。「あのー、」と声をかけた俺を振り返った先輩と目があった瞬間、ぞっとした。なんだその目。顔。ぜんぶひどい。


「…なにか?」
「っ、あ、僕、一年のきり丸っていいます」
「ああ…、それで、何か用でも?」
「先輩に聞きたいことがあって」
「…答えられることであれば」


 ふわふわと覇気のない声が返ってくる。ていうか、なんで俺、この先輩に声かけたんだろ。やめとけばよかった。だけど、この顔も、目も、どこかで見たことがある、気がする。どこだっけ。どこで見たんだっけ。思い出そうとすると嫌悪感とか不快感とかが湧きあがって、気分が悪くなる。俺がこの先輩のことを見かけるたびに気分が悪くなるのは、この顔と目のせいだったのかもしれない。
 俺は先輩の目を真っ直ぐ見つめ返して、口を開いた。表情のない目が、ぞっとするほど暗い。


「三年生って、今朝から全員実習に行っているんですよね」
「うん」
「なんで先輩は学園に残っているんですか」
「手が回らないからって」
「手?何の?」
「先生方の」
「…なんですか、監視でもされてるんすか」
「監視っていうか…、見張り?」
「…何かしたんですか」
「何もしないように、だよ」
「ぜんっぜん、わかんない」


 だろうね、と呟いた先輩は、片手で自分の前髪をくしゃり、と掴んだ。はあ、とため息を吐いた先輩は、すぐそばの柱に身体の半分を預ける。立っているのもつらいんだろうか。そんな状態でよく忍者になろうなんて思ったな。どうせ甘やかされて生きてきて、体力をつけろとか根性をつけろとか言われてきたんだろう。金持ちなら、この学園の入学費用なんて簡単に出せるんだろうしな。心の中で悪態をついていると、先輩はようやく口を開いた。目がうつろだ。


「俺は、一刻も早く、死ななきゃいけないんだ」


 まるでそれが使命であるかのようにはっきりと言いきった先輩に、俺は目を見開いた。この先輩は何を言っているんだ。死ななきゃいけない?なんで?明るい将来も、恵まれた環境も、地位も、金も、何もかも持っているアンタが、何で死ななくちゃいけないわけ?混乱する俺に、先輩は「もう行かなきゃ」と言って、さっさとどこかへ行ってしまった。
 無意識のうちにきつく握り締めていた掌に気付いたころには、掌にくっきりと爪の痕がついていた。







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