タカ丸さんが一年は組の実習だか遠足だかについていったらしいので、久しぶりにひとりだ。寝そべりながら本を読んでいると、こちらに向かってくる足音が聞こえてきて、開けっぱなしの戸から伊作がひょこっと顔を出した。


「あれ?なまえひとり?」
「タカ丸さん、一年は組とどっか行ったらしいよ。何か用でもあった?」
「ううん、ちょっとね、避難」
「えー?何から逃げてきたの」
「綾部にあとで聞いてみるといいよ」


 伊作が遠い目をしたのを見て、ああ、と憐れみを含んだ声が出た。綾部の話には、大抵の場合、綾部と恋仲の六年生が絡んでくる。今回もきっとそうなんだろう。医務室で何かあったかな。綾部は朝から平の奴に引きずられてたから、何かあったとしたら先輩のほうか。委員会に入っていない六年生は実習ばかりだと聞くから、怪我でもしたのかなあ。
 ごろごろとしている僕の隣に伊作が座って、手元の本を覗き込んだ。本を閉じて表紙に書いてある題名を見せると、伊作はああ、と声を上げた。


「薬のことなら、僕に聞いてくれたらいいのに」
「何でもかんでも伊作に教えてもらうのも悪いかなって」
「なまえも勉強するようになったんだね」
「えー、なにそれー」
「下級生の頃は勉強嫌いだったじゃない」
「まあ、僕も上級生の仲間入りしましたし」


 ふふん、と得意気に笑えば、伊作は「そうだね」と微笑んで、僕の頭を撫でた。頭巾を脱いでいたから、伊作の指の感触がじかに伝わってきて、ふにゃりと頬が緩む。その顔を隠すことなく、嬉しさのあまり足をばたつかせていると、伊作が僕の隣に寝転んだ。そして体を引き寄せられて、おれの体は伊作の腕の中にすっぽりと収まった。本を自分の口元に当ててたまま、伊作を見上げてみる。伊作は緩やかに微笑んで、僕の髪をゆるゆると撫でている。


「なにー?」
「なんでもなーい」
「今日の伊作さんは甘えたさんなんですかー」
「そうだったらなまえは甘やかしてくれるの?」
「くれるよー」
「ほんと?じゃあお願いしようかな」


 珍しいことに伊作が甘えてくるので、僕は嬉しくなって本を放り投げた。伊作の頭を抱き込むような体勢に変えて、ぎゅう、と抱きしめる。体格差があるせいで、どうしてもいつもは伊作が僕を抱き締めるような体勢になってしまうから、伊作は知らないかもしれないけど、そのときの安心感を僕は知っている。いつも伊作がしてくれるみたいに伊作の頭を自分の胸に押し付けるようにすれば、伊作はくぐもった声で笑って、僕の背中に腕を回した。


「甘えたさんの伊作さーん、どうですかー、甘やかしてもらう気分はー」
「ふふ、さいこー」
「ふふ、あのね伊作、心臓の音って安心するんだよ」
「うん?」
「母さんと父さんに抱きしめてもらったときのこととか思い出すからなのかなあ」
「…そうかもね」
「だから伊作が抱きしめてくれるの、すごく好き。だいすき」


 僕がそう言うと、伊作が僕の胸に頭ぐりぐりと押しつけてきた。痛いよばか、と笑う僕の声に対する返事はなくて、ただただ擦り寄ってくる伊作に、自然と頬が緩む。よしよし、と小さな子どもをあやすように伊作の頭を撫でて、僕は目を閉じた。あ、伊作に言わなきゃいけないことがあったのに、忘れてた。でもまあ、お昼寝から起きてからでもいいよね。






20130925
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