「相変わらず、すごいよな…」
俺の体を見た竹谷が口元を引きつらせている。七松先輩につけられた噛み痕が体のあちこちについているせいだ。だから風呂で誰かと一緒になるのいやなんだよ。今日だってこんな夜中にこそこそ入っているっていうのに、「いやー、委員会の仕事がなかなか終わんなくてさー」とのんきな顔して竹谷が風呂に入ってきたときは、そのまま朝まで委員会してればよかったのに、と思わずにいられなかった。でも他の生物委員の子たちが一緒じゃなくてよかった。ほんとうによかった。五年と六年の人たちならまだしも、後輩に会ったときなんて気まずいことこの上ない。体についた泡を適当に流して、いそいそと湯船に浸かる。痕をなるべく見せないように湯船に肩まで沈めば、真新しい傷口がちりちりと痛んだ。また善法寺先輩に薬をもらいに行かないと。一通り体を洗い終えた竹谷が湯船に入ってきて、俺の隣に並ぶ。竹谷が濡れてもぼさぼさの髪を結び直しながら「前から聞きたかったんだけどー」と口を開いた。
「いつから恋仲なんだっけ?」
「恋仲?誰が?」
「え、みょうじと七松先輩」
「え、恋仲じゃないし」
「…え?」
「…なんだよその目は」
信じられないと言いたそうな顔をして俺を見る竹谷は、「なにそれこわー」と顔を引きつらせた。こいつ…!竹谷の顔にお湯を思いっきりかけて、竹谷がむせ返っているのをしり目に、一足先に風呂から上がる。「おいこらみょうじ!」と追いかけてきた竹谷は、脱衣所で体を拭いている俺の全身を見て、やっぱり顔を顰めた。さっきは一部しか見えてなかったもんな。まあ、そんな顔にもなるよな。俺も、傷と痣だらけの俺の体を見ては、そんな顔をしてる。普段は忍装束に隠して見えないようにしているから、こんなに酷いなんて誰も思わないよな。七松先輩、本当に容赦なく本気で噛んでくるし、いろいろ雑だし、遠慮も配慮も何もないから、俺の体は人には見せられない。俺が何も言わずに寝巻に着替え始めると、竹谷は気まずそうにしながらも、俺の隣で着替え始めた。
「…大丈夫なのか、みょうじ」
「うん、まあ、慣れた」
「えええ…」
「これが見たくないなら、夜中に風呂入るのはやめるんだなー」
「…みょうじはそれでいいの」
「七松先輩相手に拒否権なんてあると思う?」
「いや、でも…」
「どうせ七松先輩の気まぐれだし、七松先輩が俺に飽きたらこの関係も終わるよ」
竹谷が俺を心配してくれているのは、ひしひしと伝わってくる。「なんかあったら相談してくれよ」って言ってくれた竹谷に素直にお礼を返す。竹谷、めっちゃいいやつ。俺だったら、こんな奴に関わりたくない。でもきっと俺が竹谷に相談することはないんだろうな。俺は七松先輩にずっと憧れてて、それはもう好きで好きで好きで、意味がわかんなくなってるから、どんな形であれ、あの人の中にいれるなら、俺はそれでいいんだよ。なんて、そんなこと言ったら嫌われそうだから、誰にも言えない。もちろん七松先輩にもこの気持ちを伝えることはない。都合良く出来上がった関係になんとなく流されて、それで俺が勝手に傷ついてるだけのこと。大したことじゃない。今さら何も騒ぐ必要はない。
竹谷と別れてひとりになったとき、「ざまあないな」と自分を嘲笑った。
20140329