まさしく蛇に睨まれた蛙。言うまでもなく蛙は俺のことだ。自分で言うのも悲しいけど、蛙が俺。じゃあ蛇は誰かって?そんなの、七松小平太先輩に決まっている。


「なまえー、なーんで逃げるんだー?」
「あ、いや、えっとお、と、とりあえず、離して、くれません、か!」
「だってなまえ逃げるだろー?」
「逃げません逃げません!誓います!てかこの体勢を人に見られたくないいい…っ!」


 七松先輩に組み敷かれた状態でわあわあと騒ぎ立てる俺に、七松先輩はにっこりと微笑んだ。こ、こええ…。床に押さえつけられてた手は解放されたけど、結局七松先輩は俺の上に馬乗りのまま、じーっと俺を見下ろしてくる。なにこの人こわい。蛇に睨まれたときの蛙って、こんな気分だったのか。一応いつでも抵抗できるように顔の前で小さく拳を構えておく。この人に勝てないことはきっちりかっちりわかっているけど、だからって抵抗しないという選択は間違ってるんだぜ!でもこわい。笑顔なのがよりこわい。俺に覆い被さるように床に手をついた七松先輩に顔が引きつった。近い。怖い。だれかたすけて。


「で、なまえ?」
「な、なんでしょうか…」
「どうしてさっき私の顔を見るなり逃げ出したんだ?」
「ええとその、条件反射といいますかあ、七松先輩の顔を見た瞬間に僕の体は本能的に逃げなきゃと判断したらしくてですね、はい、別に深い意味はないですすみませんごめんなさい許してください」
「ふうん?」
「…その返事、すごくこわいんですけど…?」
「今度同じことしたら、お仕置きするぞっ!」
「わあ無邪気さのかけらもないってちょっとおお!」


 顔の前で構えていた俺の拳を無視して、七松先輩が俺の体に体重を掛けてきた。お、おま、ここをどこだと思ってるんだよばかー!空き部屋に逃げ込んだ俺を誰か褒めろ!てか誰か七松先輩を止めてください。中在家先輩どうしてこういうときに限っていないの?俺のこと嫌いなの…?泣き出しそうになりながら「ひいっ!」と声を上げた俺を無視して、にんまりと笑ったまま唇を押し付けてくる七松先輩に、俺の体はぴしり、と固まる。反射的に目と口を閉じた、けど、遠慮なく唇を噛まれて、あえなく口を割られてしまった。七松先輩の胸をさっき構えた拳で押し返してみるけど、はい、勝てなーい、無理でーす。いとも簡単に手を床に押さえつけられて、出だしの体勢に戻ってしまう。ばたばたと足を動かしてみるけど、俺体堅いから駄目だ!それに本気で蹴った後の仕返しがこわくてできない!つまり俺には最初から抵抗する手段はない。好き勝手に口の中を荒らされて、しかもこの人あほほどうまいからすぐにふにゃふにゃと力が抜ける。七松先輩が息を吸う暇も与えてくれないせいで、だんだん声が我慢できなくなっていく。散々弄んだ後、ようやく気が済んだのか、ぺろ、と俺の唇を舐めて、次に首筋に顔を寄せている七松先輩にまともな抵抗もできるはずはなく、肺に酸素を取り込むことで精いっぱいだった。じりじりと痛む唇と、器用に片手で俺の頭巾をはずしている七松先輩に気を取られていると、次の瞬間に首の付け根辺りを思いっきり噛まれた。


「いったあっ!痛い痛い痛い!」
「うるさいぞなまえー」
「せっかく前の痕が消えたばっかりだったのにいいい、もうやだあああ」
「痕が消えたら、なまえが私のものだってわからなくなるだろ」
「七松先輩を敵に回してでも俺のことを奪おうってやつがいたら、それはたぶんバケモノか何かの類だと思うんです俺…」


 解放された手で顔を覆ってえぐえぐと泣き真似をする俺を至極楽しそうに眺めている七松先輩の顔といったら。なんて悪い顔をしているんですか。極悪人が相手を追い詰めたときにする顔ですよそれ。指の間からその極悪面を見ていただけなのに、七松先輩は俺の顔を見て舌舐めずりをした。く、食われる…!このままだと確実に食われる!誰だよこんな空き部屋に逃げ込んだの!俺ですもうやだ。
 俺の手を退かそうとする七松先輩に無言で首を振るけど、伝わるはずもなく、あっけなく手を引き剥がされる。うえーん。したくもない覚悟をした俺に、七松先輩はさっきとは打って変わって、ちゅう、と触れるだけの口吸いだけして、あっという間に俺の体を解放した。さ、さっきまでの獣のような怖さをいきなり引っ込められても困るんですよ…?いつ襲われても抵抗できるように身構えつつ、自分の体を小さく小さく丸めつつ、七松先輩から距離を置いていく。そんな俺をおもしろいものを見るかのようににんまり笑って見ている七松先輩が本当に楽しそうで何よりです。いや何も良くないけど。


「私は委員会に行ってくる」
「あ、はい、いってらっしゃい」
「そのあとなまえの部屋行くから、先に寝るんじゃないぞ!」


 それはつまり同室の奴は追い出しておけよ、ってことですね、はい。拒否権なんてそもそも用意されいない俺の返事を聞くこともなく、「いけいけどんどーん!」と部屋を出ていった七松先輩の声が離れていくのを聞いて、俺は床にべたりと倒れ込んだ。ついでに手で顔も覆って、声にならない声を上げた。
 っだああ!もう!七松先輩と一緒にいると緊張してやばい!恐怖感やばい!心臓がいくつあっても足りない!俺死んじゃう!だれかたすけて!あの人なんであんなに怖いくせに、あんなに格好良いんだろう!







20131009
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