三木ちゃんの姿が見当たらなくて、忍術学園の中をきょろきょろしながら歩いていると、立花先輩に会った。わーい。「今日も変わらずお綺麗ですね」とへらへらと笑って声をかけたら怪訝そうな顔をされたけど、そんなんでへこたれるほど俺はやわじゃない。ぴょこぴょこと跳ねながら立花先輩に近寄ったらさすがに殴られた。痛い。腕を組んだ立花先輩は呆れた顔をしている。


「みょうじ、いつ実習から帰ってきたんだ」
「夜が明けるときに帰ってきました。風呂入って寝て起きたら、こんな時間ですよ、びっくり」
「随分元気そうだな」
「俺、実家が武家なので、みんなとは覚悟が違いますからね。小さい頃から身近な人が死ぬのって、結構よくありましたし」
「そんなものに慣れない方がいいぞ」
「あはは、そんなもの慣れじゃなくて、麻痺ですよ」


 心のここらへんが麻痺して、いつか腐って落ちるんです。
 胸の真ん中をとん、と指せば、立花先輩は眉間に皺を寄せた。何か言いたそうな立花先輩に「じゃあ俺、三木ちゃんを探すので」とひとつお辞儀をして、立花先輩に背を向けた。あちこちで見かける同輩たちはみんな暗い顔をしている。へらへらして不謹慎だとか頭がおかしいとか言われる前に、そそくさと逃げた。
 俺の周りには死を知る大人しかいなかった。まあ、小さいとはいえ武家だし、もちろん戦にも行くから、当たり前なんだけど。俺に剣を教えてくれた爺さんは病気で死んだ。いつもみんなに内緒でお菓子をくれた鉄砲の上手いおじさんは片腕を無くした。俺の遊び相手をしてくれてた若い武士は焼かれて顔もわからなかった。俺の心は、ずっと前から腐り始めていた。もしかしたらとっくに腐って落ちてしまったのかもしれない。まあ、何でもいい。今はとにかく三木ちゃんを探さなくちゃ。三木ちゃんのことだから、きっとどこかで泣いていると思うんだけど。
 あてもなく歩き回って、焔硝倉の近くに来たところで、三木ちゃんを見つけた。焔硝倉の裏の茂みで丸くなって膝を抱えている三木ちゃんに「みーきーちゃーん」と声をかければ、潤んだ目でこっちを振り向いた。


「…なまえ」
「こんなところにいたー、探したよう」


 三木ちゃんはすん、と鼻をすすって、またすぐに顔を伏せてしまった。やっぱり泣いていた。泣き虫だなあ。三木ちゃんは泣いたり笑ったり照れたり怒ったり、自分の感情に素直で本当にかわいい。三木ちゃんの隣に腰を下ろして、その顔を覗き込む。前髪に隠れて顔が見えない。うーん、もったいない。三木ちゃんはどんな顔をしていても可愛いし、綺麗だし、すっごく好きなのに。三木ちゃんは自分の弱いところを誰にも見せたがらない。仲の良い平たちにも、恋人の俺にも。自信ないんだよねえ。自分が一等優秀だって言っても、誰も特別に褒めてくれないもんだから、自分で自分を一等褒めてあげてないと、自信が持てないんだもんねえ。本当に、本当に可愛い、俺の恋人。
 三木ちゃんの頭をゆるゆると撫でて、そのまま引き寄せれば、三木ちゃんの体はこてんと俺の胸に倒れてきた。目元は赤く腫れていて、俺の制服にしがみつくその手が震えている。三木ちゃんが誰にも見せたがらないその顔を誰にも見えないように、ぎゅうと抱き締めて隠した。


「三木ちゃん、怪我なかったんだね。よかった」
「…なにも、よくない」
「よかったよ」
「よくないっ、!私たちは、人をひとり、殺したんだぞ…っ」
「そうだね。でもこれからはもっとたくさんの人を殺さなきゃいけないかもしれないんだよ。忍者ってそういうものでしょ?しかも三木ちゃんが得意な火器は、一度でたくさんの人を殺すことができるから、きっと戦にも駆り出されるだろうね」
「………」
「三木ちゃんはその覚悟をして、火器を扱ってたんじゃないの?」
「っ、」
「あ、こら、唇噛まない」


 血がにじむほど強く噛もうとする前に、三木ちゃんの口を無理やり指で開いて、その隙間に指を挿しいれた。三木ちゃんの綺麗な顔が不快そうに歪んで、すぐに手を払いのけられてしまった。三木ちゃんがぐすぐすと泣き止まないから、三木ちゃんを慰めるためにもう一度腕の中に閉じ込める。そっと背中に回った手が俺にしがみついてきて、心臓がどきどきした。空気読んで、俺の心臓。


「私だって、覚悟をしてなかったわけじゃないんだ」
「うん」
「でも、だめだった。怖くなって、逃げ出したくなった。手が震えて、涙が出た。…なまえはそんなことなかっただろ」
「俺は育った環境が環境だからねー。でも怖くなかったわけじゃないよ。心が腐って、いよいよ落ちるんじゃないかって思った」
「心?」
「…三木ちゃん、俺ね、三木ちゃんといると、俺の心がちゃんとここにあるってわかるんだよね」


 一緒にいるだけですごくどきどきするの。
 こんなに近くにいるから、きっと心臓の音だって三木ちゃんに聞こえるだろう。三木ちゃんは「馬鹿っ!」と声を荒げて、慌てたように体を起こした。やっとまともに三木ちゃんの顔が見えて、何故かほっとした。俺に向かって「こんなときにふざけるな!」って怒っている三木ちゃんの手を掴んで、ぎゅ、と握る。火傷の上に火傷を重ねて作って、決して綺麗だとか柔らかいとは言えない手。三木ちゃんの手。そこにぽたっ、と水滴が落ちた。はらはらと溢れては落ちるそれは、俺の頬を伝っていた。あー、三木ちゃんに会ったら、気持ちと同時に涙腺も緩んじゃった。三木ちゃんの前だと、隠せなくなるんだよねえ。笑ってないと、やってられないのに。ただただ泣き続ける俺の頭を三木ちゃんが「ばかなまえ」と言って叩いた。へへ、と情けない声で笑った俺の頭を引き寄せて、三木ちゃんが抱き締めてくれる。ふわふわとしあわせな気持ちでいっぱいになって、俺は三木ちゃんに甘えるようにすり寄った。
 その日の夜は、まるでいろいろなものを隠すように、ざあざあと音を立てて激しい雨が降った。






20131026
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