「四年生になってからさあ、みんなが僕のことをかわいいとか綺麗だとか褒めてくるんだけど、なに?ぼく、そんなに見た目変わった?」
「うーん、ぐっと背が伸びたから、少し大人っぽくなった気はするけど」
「ね、それくらいだよね、何なんだろみんな」
「でも褒められるの好きでしょ、なまえ」
「まあ、悪い気はしないけどさ」


 伊作の背中に寄りかかっていると、伊作の呼吸の音が聞こえる。だから顔を見なくても、伊作がため息を吐いたこともわかった。最近、伊作はため息をついてばかりだ。ただでさえ類稀なる不運の持ち主なのに、幸せが逃げちゃうぞ。ふと視界に入った自分の髪の毛先をつまんで、灯りに透かす。赤色とも桃色とも言えない中途半端な髪の色が、ずっと昔から嫌いだった。伊作の背中に流れていた髪を掴んで自分の髪と一緒にくしゃくしゃと握り込めば、ごちん、と頭のてっぺんに頭突きをされた。


「なまえ、痛い」
「僕も痛い」
「邪魔するなら、自分の部屋に戻ってね」
「どうせ勉強したって伊作は薬のこと以外はだめじゃ、いたっ!」
「なまえ?」
「そんな怖い顔しなくてもいいじゃんかあ」


 ずるずると伊作の背中を滑り落ちて、床に仰向けに寝転ぶ。勉強する手を止めて、こちらを振り向いた伊作が僕の顔を覗き込んだ。真っ黒の髪が肩から滑り落ちる。伊作によく似合う、とても綺麗な黒。


「なまえ、同室になったタカ丸くんとは仲良くできてるの?」
「うーん、一応?でもあの人、僕の顔を見るたびに髪触らせて結わせてってうるさいんだもん」
「なまえの髪、僕も好きだよ」
「伊作に褒められるのは嬉しいけど、それとこれとは話が違うっていうかー」
「いいじゃない、タカ丸くんの褒められるなんてすごいことだよ」
「褒められればいいってもんじゃ、あ、」
「なに?」
「伊作、こんなところに怪我してる」


 伊作のこめかみにあった傷痕に手を伸ばして、指先でなぞる。薄く線が残っただけの傷は、少しだけざらついている。伊作は昔から本当に不運で、あっちに行っては転んで怪我をして、こっちに行っては木にぶつかって怪我をして。怪我がないことの方が珍しいくらいだった。うちに母さんたちがいた頃は、いつも「なまえは伊作くんを守れるくらい強くならなきゃねえ」なんて言われてたけど、実際、僕が守るほど伊作は弱くないんだよなあ、ってずっと思ってた。守られていたのは、いつでも僕の方だ。
 「気を付けなよー」って言いながら、ぺしぺしと伊作の頬を叩けば、伊作はふにゃ、と笑った。伊作の笑顔は、人を幸せにする。


「んー、そろそろ部屋も戻ろうかなあ。眠くなってきちゃった」
「そうだね、そろそろ留さんも戻ってくるだろうし」
「留先輩、最近元気なさげだけど、どうしたの?委員会疲れ?」
「いや、うーん、委員会っていうか、なんていうか…」
「ふーん?」
「留さんは面倒なことに巻き込まれやすいから」
「ああ、優しいからねえ、留先輩」
「まあねえ」


 顔を合わせて苦笑いを浮かべる。よいしょ、と言いながら体を起こして、思いっきり体を伸ばす。目をこすりながら欠伸を漏らすと、伊作がくすくすと笑った。伊作が僕の髪をくしゃくしゃと撫でて、おやすみ、と微笑む。伊作が好きだと言ってくれるなら、この髪も、色も、好きになれる気がする。


「おやすみ、伊作」


 外はじっとりと暑い。首にへばりつく髪を払えば、夜風に髪が掬われていった。








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