どうしてこの男が好きなのかと聞かれても、そんなの私が教えてほしいくらいだ。
「あ、立花先輩、今日もお綺麗ですね!」
「うざったい」
「あーん、冷たーい」
立花先輩を見つければ駆け寄ってお決まりの台詞を吐き、にっこにこと笑顔を振りまく。冷たくあしらわれても、相手にされなくても、なまえは気にしない。むしろそのほうが燃える、とか言い出す変態だ。なまえはとにかく綺麗なものに目がない。一緒に町に出掛けても、綺麗なものがあれば足を止め、綺麗な人とすれ違えば声をかける。しかもなまえは口が上手い上に、そこそこ人の目を引く顔をしているから尚更タチが悪い。もちろん私の方が綺麗で人の目を引くに決まってるけど。
「おい、お前の恋人がこっちを睨みつけてるぞ」
「え、あっ、三木ちゃん!」
ぱああ、と嬉しそうに顔をほころばせて、なまえがこっちに手を振ってきた。こういうときばっかり。なまえたちから目を離して、長屋に戻る道に戻ると、後ろからなまえが情けない声で私の名前を呼びながら追いかけてきた。足を止めて振り向けば、満面の笑みを浮かべたなまえが「三木ちゃん、探してたんだよう」とへらへらと笑う。嘘つけ。どうせ私を探すついでに、立花先輩とか久々知先輩とか他の四年の奴らとかを探してたんだろ。最近は下級生にも手を出し始めやがって。お前に慣れてない下級生が本気にしたらどうするんだ、ばか。キッ、と睨みつけても、なまえはへらへらと笑って、「まいったなあ」なんて、全然まいっていないような声で笑った。なんだこいつ!
「私は怒っているんだぞ!」
「怒った三木ちゃんも可愛いなあ」
「う、うるさいっ!なまえなんかどっか行け!」
「えー、どこ行くのー、三木ちゃーん」
「ついてくるなあ!」
逃げる私の後ろをぴったりとついてくるなまえに腹が立って、なまえの足に足を引っ掛けようとすれば、ひょいっ、と簡単に避けられる。認めたくはないけど、なまえは運動神経だけは私より少しだけ、本当に少しだけいいから、私の手足はなまえに当たることはなく、むなしく空を切る。「ごめんってー」とへらへらと謝るなまえに本気で殴りかかったけど、これもなまえが少し体を引いただけで簡単に避けられてしまった。むかつく。本当にむかつく。攻撃をやめて、俯いた私の顔をなまえがおずおずと覗き込んでくる。その顔はさっきみたいなふざけた顔ではなく、本当に困っているみたいな顔をしているから、私は途端に何もかも許してしまいたくなる。そんな自分が一番むかつく。
「三木ちゃん、ごめんね」
「…もういい」
「怒ってない?」
「怒ってる」
「え、怒ってるの?」
「………」
「も、もうしない!あ、いや、するかもしれないけど、三木ちゃんが一番だから!ね!」
「…その言葉忘れたらユリコで撃つからな」
「うん!任せて!」
何が任せて、なんだろう。でも、ふにゃ、と蕩けるような笑顔で「三木ちゃん、すきだよ」と私の手を握るなまえのせいで、顔をかっ、と熱くなる。こうやっていつも丸め込まれて、結局なまえのペースに乗せられていることはわかっているけど、単純な話、なまえが私を誰よりも好きであれば、それでいいか、って思うこともある。だからって目の前で他の誰かを口説くのを許せるほど、私は大人じゃない。
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