伊作に任務で負った怪我を治療してもらっていると、医務室の戸が勢いよく開いて、珍しく息を切らした綾部が飛び込んできた。「こら、」と綾部を注意しようとした私の声も聞かず、私に抱きついた綾部に目を見開く。綾部に押しのけられた伊作がひっくり返って、床に頭を打ち付けていることにも、綾部は気づいていないのだろう。私の怪我が相当なものだと見ればわかるだろうに、力任せに抱きついてくる綾部の体を支えながら片手を床につけば、腕の傷がずきりと痛んだ。思わず声が漏れそうになるのを押し殺して、空いている手で綾部の背中を優しく撫でてやる。さらにぎゅう、と力が込められてしまえば、もう笑うしかなかった。


「あ、綾部、なまえは、」
「伊作、大丈夫。むしろごめん」


 綾部に注意してくれようとした伊作を制して、ひらひらと手を振れば、伊作から「怪我悪化させたら、完治するまで綾部禁止」と矢羽根が飛んできた。眉間に皺を寄せた私を笑って、伊作はそのまま何も言わずに医務室を出ていく。本当に申し訳ない。綾部の頭を撫でて、床についていた手を腰に回す。はあ、どこもかしこも余すところなく、痛い。


「…ずるいです」
「ん、なにが?」
「いつもは怪我なんてしないくせに、どうして怪我なんてしたんですか」
「そりゃあ、私だってただの人だからね」
「なまえ先輩に傷をつけていいのは、僕だけです」
「なあに、それ」
「僕だけが、なまえ先輩に傷をつけていいんです」
「お前の独占欲は本当に強いねえ」


 不満そうな声でわがままなことを言う綾部の耳に、ちゅう、と唇を寄せれば、綾部はいやいやと首を振って体を起こした。綾部の頬に手を添えて、ゆるく撫でる。いつもの無表情を崩して、心配そうに私を窺う綾部に、思わず口元が緩む。そのまま顔を近づけて、拙い口吸いを何度も繰り返す。今、口の端や中を切ってしまっているから、舌なんて入れられたら痛くてたまらない。じれったそうに私の唇を舐めた綾部の舌先に、舌先を絡める。でもそれで終わり。すぐに顔を離した私に、物足りないと言わんばかりの視線を向けて、綾部は私の肩に手を乗せる。その下にある傷が、ずきりと重く痛んだ。


「今、口の中を切っているんだ。また今度ね」
「舐めてあげます」
「痛いから嫌だよ」
「痛くしてあげます」
「嫌だって」
「僕以外の誰かにつけられた傷でなまえ先輩が苦しむなんて、嫌です」


 綾部の手にぐ、と力が入って、あまりの痛さに思わず声が漏れる。その隙に唇を奪われて、そのまま押し倒された。背中を打った衝撃で体のあちこちが痛み、一瞬息が止まる。ちかちかと目の前に光が飛んで、くらくらと、頭を打ったときのような感覚に陥る。ああ、これは、まずい。綾部が私の呼吸を奪うかのように舌を絡めては撫ぜるたびに、口の中や肩が痛み、息が鼻から抜けて、声が漏れる。こんなの、綾部が喜ぶだけだ。綾部の首に手を伸ばし、緩く首を絞める。怯んで離れたその隙に、顔の間に手を入れようとしたが、それより先にまた唇を塞がれてしまう。


「は、待って、綾部、」
「待てません」
「怪我を悪化させたら、伊作に監禁される。お前にも会えない。それでもいいなら、続きをどうぞ」
「…嫌です」
「なら起こしておくれ。体のあちこちが痛くて仕方ない」


 むう、と唇を尖らせて、不機嫌そうな顔をした綾部が、最後に触れるだけの口付けをして、やっと体を起こした。まだまだ全然物足りなさそうな顔をしている。もともと綾部は我慢ができるような性格ではない。私に会いたいと思ったらすぐに会いに来るし、私のことを傷つけたいと思ったらそうする。綾部は自由だ。いつでも自分の好きなように動く。だから本来不安がるべきなのは、私の方なのだ。綾部の興味が私からそれたら、私がいくら追いかけても振り向いてはくれないだろう。なのに、綾部はいつも私が離れていくことを不安がって、傷をつけて、私の体に痕が残るたびに、それを撫でて嬉しそうにする。実力差のある私がわざわざ綾部に傷をつけられている理由はそれだ。これで、綾部の不安が少しでも減るというなら、いくらでも。
 渋々私の上から降りた綾部に起こされて、やっと一息つく。包帯に血が滲んでないことを祈るばかりだ。


「そんなに不安がらなくても、私はお前から離れないのに」


 ふてくされた顔をしながらも、私の腕の中に収まって、すり、と猫のように擦り寄ってくる綾部に囁けば、綾部はかすかに口元を緩めた。







20131026
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