「お前、また噛んだね」
「なまえ先輩は痛いのがお好きだと思って」
「そんなこと言った覚えないけど」
「そうでしたっけ」
「そうだよ。覚えておいて」


 僕が肩につけた噛み痕を撫でて、なまえ先輩は小さくため息を吐いた。寝巻に腕を通すその姿をじっと見つめていると、その視線に気づいたなまえ先輩がかすかに微笑んで、僕を手招いた。適当に結ばれた帯が頼りない。格子窓から差し込む月明かりの下でさえわかるほど白い肌に、ぽつりと刻まれた赤い痕。それに惹かれてなまえ先輩の肩に唇を寄せる。ちゅ、と音を立てて吸いつくと、少しだけ血の味がした。腰に回されたなまえ先輩に応えて、なまえ先輩の背中に腕を回す。布越しでもわかるほど骨ばった細い体に身を寄せて、目の前の首元に鼻先を擦り寄せる。なまえ先輩は、いつも優しい匂いがする。


「噛み痕ばっかりつけて、これじゃあ小平太と同じじゃないか。知ってるかい?あの暴君は大切な恋人を食いつくすつもりらしいよ」
「あんな人と一緒にしないでください」
「なら噛むのはやめておくれ。風呂のたびに後ろ指差されるのは面倒なんだ」


 耳元で囁くように話すなまえ先輩の声はとても心地好いはずなのに、その声が僕以外の人間の名前を紡ぐことがどうしても許せない。なまえ先輩にもたれていた身体を起こして、両手で白い頬を包めば、なまえ先輩は不思議そうに首を傾げた。僕を見下ろすなまえ先輩の色素の薄い瞳に、僕が映り込んでいる。酷く不安そうな顔をしている自分が嫌で、それを見ないように目を閉じてなまえ先輩の薄い唇に噛みつく。がり、と噛んだ先輩の唇から血が溢れて、途端に鉄の味が口の中に広がる。なまえ先輩の口の中に舌を押し込めば、鉄の味が熱に溶けていく。逃がさないように舌を絡めて、腕を首に回せば、腰に回っていたなまえ先輩の手が、僕の髪を掴んで、そのまま引き離される。容赦のない痛さに顔をしかめて、唇を離した僕に、なまえ先輩は呆れた顔をする。さっき引っ張った髪を今度は慰めるように撫でるなまえ先輩の首筋にもう一度顔を埋めれば、耳元でなまえ先輩がため息を吐いた。


「お前ね、少しは優しくできないの」
「できません」
「…私の体はお前につけられた傷でぼろぼろだよ」
「そのくらいしないと、なまえ先輩は逃げるでしょう?」
「逃げないってば、まったく」


 なまえ先輩は僕の体をぎゅう、と抱き締めて、そのまま布団にごろん、と寝転がった。掛け布団を手探りで引き寄せているなまえ先輩の胸元が大きく開く。うっすらと肋骨の浮いた白い体になまえ先輩の色素の薄い髪が滑り落ちた。掛け布団を僕と自分にかけてくれているなまえ先輩の肩に手を掛けて押し倒せば、なまえ先輩は目を見開いて、僕を見上げた。


「なまえ先輩、」


 自分でも恐ろしく甘ったるい声が出た。なまえ先輩は一瞬きょとん、とした後、やっぱり呆れたみたいに笑って、「仕方ないなあ」って僕の頭を引き寄せた。







20130916
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