わたしを組み込む隙間



 ふと夢から目が覚めると、カーテンの隙間から少しだけ光が漏れていた。ソファーの上でわたしと折り重なって眠っているユキちゃんをなるべく起こさないように体を起こして、ふわ、と欠伸をひとつ零す。壁の時計を見れば、4時13分を指している。まだ朝は早い。床に落ちていたタオルケットをユキちゃんに掛けて、欠伸を噛み締める。テーブルの上でチカッ、チカッ、と点滅するスマホを手に取り、画面を見れば、数分前にトモミちゃんから電話が来ていた。どうしたんだろう。洗面所に向かいながら、トモミちゃんに電話をかけるとすぐに聞こえたトモミちゃんの声は、随分疲れているように聞こえた。


「さくら、よかった、こんな朝早くに電話してごめん。起こしちゃったわよね」
「ううん、ちょうどさっき起きたの。どうしたの、トモミちゃん」
「実は昨日の帰りにウエイターの奴らに捕まっちゃってね、さっきおシゲちゃんをつれてお店から抜け出してきたんだけど、おシゲちゃん、酔って動けなくなっちゃうし、始発もないしで困っちゃって」
「大丈夫?うち来る?」
「悪いけど、お願いしてもいい?」
「うん、いいよ。今どこにいるの?迎えに行こうか?」
「学校の近く。すぐに着くから、さくらは家にいてくれる?」
「うん、わかった。気をつけて来てね」


 ぷつり、と切れた電話をルームウェアのポケットにつっこんで、洗面所でざばざばと顔を洗う。あ、タオル持ってきてない、と思って顔を上げると、目の前の鏡に自分の顔が映り込んだ。昨日口の端っこにできた痣は、くっきりとそこに残っている。これはしばらくマスク登校かな。水滴が顎を伝って落ちていくのをぼーっと眺めて、はっ、とする。こんなことをしている場合じゃない。部屋着にしているTシャツの裾で適当に水滴を拭き取りながら自分の部屋に戻って、短いルームウェアから適当な服に着替える。さすがにこのままで人前に出るのはね。お風呂にお湯をだばだばと流し入れている間にベッドを直し、ユキちゃんを部屋に運ぼうかどうしようか悩んでいると、ピンポーン、とインターホンが鳴った。「はーい」と返事をしながらドアを開けて見えた黒髪に、びくっと肩が跳ねた。


「おはよー、さくらさん」
「え、おは、あれ?」
「ちょっと!こんなところまでついて来ないでって言ったでしょ!」
「トモミさんだけじゃ運べないでしょー?」
「ごめんねさくら、今すぐ追い出してついでに記憶も抹消しておくから」
「え、いいよ、だいじょうぶ。えと、名前…」
「あ、尾浜勘右衛門でーす。勘ちゃんって呼んでくれてもいいよ」
「尾浜、さん、じゃあ、あの、シゲちゃん、こっちの部屋に運んでもらえますか」
「ちょっとー!さくらなに考えてんのよ!」
「と、トモミちゃん、朝早いから、少し静かにっ」


 尾浜さんに得意の上段蹴りを繰り出そうとしているトモミちゃんを宥めていると、尾浜さんが「お邪魔しまーす」とわたしの横をすり抜けて部屋に入っていく。トモミちゃんが靴を脱ぐのに気を取られているうちに、尾浜さんの後ろ姿を追いかけると、尾浜さんはシゲちゃんをとても丁寧に背中から下ろし、ベッドに寝かしてあげていた。部屋に入ってきたわたしを見て、にっこりと笑う。前々からよく笑う人だなあとは思っていたけど、本当に人懐っこい笑い方をする人だ。尾浜さん。あれ?昨日ほっぺを冷やしてくれた人は、なんていうんだっけ?


「いきなり来ちゃってごめんねー」
「あ、ああ、いえ、むしろありがとうございます」
「さくらさん、すっぴんも可愛いんだね」
「え、はあ…」
「ねえねえ、今度はさ、さくらさんも一緒に飲もうよ。ウエイターの奴らみーんな、さくらさんと飲みたいと思ってるからさあ」
「あー、いやー、わたしあんまりそういうのは、」
「わたしが目を離したすきにさくらを口説くなんて、いい度胸してるじゃなーい?」
「トモミちゃん、うち狭いからここで上段蹴りとかやめてね」
「なによう」


 むう、と膨れるトモミちゃんは、八つ当たりのように尾浜さんを叩きながら部屋から追い出そうとする。でもこの時間って始発まだだし、尾浜さん大丈夫かな。と、わたしが心配している間にあっという間に尾浜さんは裸足のまま部屋を追い出されでしまった。トモミちゃんが尾浜さんの靴をほいっと投げて、「おシゲちゃんを運んでくれたのは助かったわ。でもさくらを口説こうなんて許さないわよ」と言い捨ててドアを閉めてしまった。ちょっとそれはあまりにも可哀想だと思ったわたしは、トモミちゃんを押し退けてもう一度ドアを開ける。靴を履いていた尾浜さんが顔を上げて「お邪魔しました」と笑った。いい人だよ、この人。


「あの、電車とか、大丈夫ですか」
「どうせ店にあいつらおいてきちゃったから戻んないといけないし、たぶん大丈夫。心配してくれてありがと」
「こちらこそありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね」
「うん、またね、さくらさん」


 ひらひらと手を振る尾浜さんに頭を下げて、がちゃんとドアを閉める。次に会ったときは、ちゃんとお礼を言わないと。よし、と心の中で決心してから後ろを振り返ると、タオルケットを被ったユキちゃんが立っていた。眠そうにふらふらしながら立っているユキちゃんに手を伸ばし、ユキちゃんの手を握ると、ユキちゃんも握り返してくれた。


「おはよう、ユキちゃん。ごめんね、起こしちゃったよね」
「ううん、いいの」
「トモミちゃんは?」
「お風呂借りるって」
「自由だなあ」
「ねえ、さっき男の声がしたような気がするけど、トモミちゃんとおシゲちゃん以外に誰かいたの?」
「ウエイターの人がシゲちゃんを運んできてくれたんだよ。酔っぱらって動けなくなっちゃったみたいで」
「ふーん、そうなの」
「ユキちゃん、もう少し寝てきたら?トモミちゃんもお風呂からあがったら少し寝るだろうから。みんなが起きたら、一緒に朝ご飯食べよう」


 こくん、と頷いたユキちゃんの手を引いて、さっきよりも明るくなったリビングの隣のユキちゃんの部屋の前で「おやすみ」を言い合って、わたしはひとつ欠伸をこぼす。カーテンの向こうはもう朝だ。







130808

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