一人じゃ息もできない癖をして



 ウエイターに抱えられて控室に運ばれたわたしは、ウエイターに冷たいタオルで赤く腫れた頬を冷やしてもらいながら、ぼんやりと会場の歓声に耳を傾ける。そろそろ次の試合が始まる時間だ。会場からは相変わらず男たちの声が聞こえてくる。うるさいなあ。壁にもたれていた体起こしたときに、ちくり、と刺すような痛みが走る。「痛っ」と声を上げると、ウエイターが慌てたように頭を下げた。灰色の髪からちらりと見える耳が、何故か赤い。


「ごごごごめんなさい!」
「あ、いえ、大丈夫です」
「………あのっ」
「はい?」
「お、おれ、竹谷っていいます!実は前からさくらさ、」
「さくら!」


 竹谷さんの声を遮り、さらには竹谷さんの体を押し退けるようにしてわたしのところにやってきたのは、さっきの対戦相手、ユキちゃん。SMファッションで、それに似合う濃い化粧のまま、今にも泣き出しそうな顔をしている。長くて細い指で、わたしの頬をするりと包み込む。熱い。くすぐったくて肩をすくめると、ユキちゃんは慌てて腕を引っこめて、ますます泣きそうな顔になってしまった。あれ。


「ごめんね、痛かったよね、手加減できなくてごめんなさい。痣が…」
「ううん。痛くないよ。大丈夫。わたしこそ、ちゃんと避けれなくてごめんね。ユキちゃん、今日もかっこよかった」
「さくら…」


 ユキちゃんの大きな目から涙がこぼれる前に、わたしはにっこりと笑ってみせる。そうしたらユキちゃんは安心したようにほっ、と息を吐いた。わたしのことなんて気にしなくていいのに。優しいなあ。竹谷さんが尻もちをついたまま、不機嫌そうな顔をしてわたしたちを見ていたから、「竹谷さん?」と声をかければ、ハッと目を合って、かああ、とまた顔を赤くして固まってしまった。ユキちゃんがそれを見て舌打ちをする。せっかく可愛い顔をしているのに、もう。


「さくら、もうこのウエイターと話しちゃだめよ」
「え、なんで?」
「見るからにさくらに惚れ、」
「うわあああっ!」
「…竹谷さん行っちゃったね」
「ふん、抜け駆けしようとしたってわたしたちが許さないわよ」
「抜け駆け?」
「んーん、さくらは知らなくていいの。新しいタオル持ってくるわ」
「ありがとう、ユキちゃん」


 わたしがへらへらと笑えば、ユキちゃんも笑ってくれる。ユキちゃんの後ろ姿を見送り、わたしは会場に続くドアへと視線を移す。試合が終わって戻ってきたのは、ミニスカートの婦人警官の格好をしたトモミちゃんと、セーラー服を着たおシゲちゃんだった。2人とも、タオルを片手にほくほくとした表情をしている。わたしを挟むように座った2人に「お疲れさま」と声をかけて、へにゃりと笑う。


「さくらもお疲れ」
「ほっぺは大丈夫ですか」
「うん、大丈夫だよ。2人は怪我してない、よね」
「まあね。そのほっぺ、ちゃんと冷やしておきなさいよー。今日、善法寺さん来てたし」
「え、ほんと?見えたの?」
「さくらちゃんの試合のときは最前列で食い入るように見てるから、ライトの光で見えないんですよ。おシゲたちの試合は普通に席で見てるから、意外と丸見えなんです」
「そういえば、隣に見たことない人がいたわね。新規のお客さんかしら」
「そうかもですー。さくらちゃん、愛想良くしちゃだめですよ!」
「え、わたし、指名されてるの?」
「善法寺さんがさくらを指名しないわけがないじゃない。ついでに言うなら、立花さんも中在家さんも来てたわよ。きっと七松さんも来てるわね」
「潮江さんも来てるかもしれませんよ!いいですかさくらちゃん、愛想悪く、ですからね!」


 おシゲちゃんの剣幕に負けて、うん、と頷けば、トモミちゃんが「ま、どうしたってさくらは可愛いんだけどねえ」と諦めたようにため息を吐いた。そんなことないのに。ぱたぱたと走って戻ってきたユキちゃんにほっぺの手当てをしてもらって、「今日も愛想悪くよ、さくら!」と念押しされる。それに思わず苦笑いをしてしまった。みんな、口をそろえて同じことを言う。みんなのほうが綺麗で可愛いのに。
 ウエイターがわたしたちの両手首に手錠を嵌める。ピンクのメイド服、手錠、湿布で隠した痣。なんてちぐはぐなんだろう。他の女の子たちは、美しい獣が手錠によって捕らえられているように見えるのに、わたしだけ、壊れた人形みたいだ。
 でも、わたしは弱いから、仕方ないか。






130410

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