庭の椿は死んだ



 その細い手首を握って「僕の話、聞いてる?」と問いただせば、ハナは「聞いてない」と微笑んだ。さすがに僕だって怒るよ。


「伊作は話が長い」
「ハナが飽きるのが早いだけでしょ」
「そんなことないよ」
「あるよ。昔からそうじゃないか」
「伊作は昔から、話し出すと止まらなくなるからな」


 懐かしむように目を細めたハナに、思わずため息をついてしまった。今はそんな話じゃなくて、違う話がしたいのに。だけど、僕だって昔話が嫌いなわけじゃない。僕の短い人生は、ハナで出来ている。まるで姉のようだ、といえば、ハナも「わたしも、伊作を本当の弟のように思っているよ」と微笑む。それがとても心地良くて、昔はハナを笑わせようと必死になったものだ。ハナに褒めてほしくて、頭を撫でてほしくて、甘やかしてほしくて、他の人に優しくしないでほしくて、ハナの後ろをずっとついて歩いていたあの頃が懐かしい。今思い出してみれば、なんて幼い独占欲だったのだろうと思うけど、今でもそう思っているあたり、相当重症だ。
 ハナが手の平を僕の手の平と合わせて、大きさを比べている。僕の手よりも少しだけ小さな手が、とても頼りなく見えて、心臓のあたりがぎゅ、と締め付けられるようだった。この小さくて細い手に、僕たちは引き上げられて、抱えられている。


「伊作の手、わたしの手よりも大きいな」
「そりゃあね。僕ももう15だし」
「あんなに泣き虫だった子どもが、こんなに立派になるなんてな。わたしの見る目は間違っていなかった」
「ハナは僕に全然興味なかったけどね」
「興味はなかったけど、伊作がわたしにしか懐かないし、放っておいたら死んでしまいそうなほど小さかったから、わたしが世話するしかないじゃないか」
「だって、他の姉さんたち、こわかったんだもん…」
「逃げられると追いかけたくなるだろ。馬鹿だな」


 くすくすと笑うハナに言い返したいことはたくさんあったけど、何を言っても言い負かされるから、僕は苦笑いを浮かべて、ハナの手に指を絡めて握り締めた。それに応えて緩く握り返してくれる細い手には、昔はなかった小さな傷がたくさん刻まれている。かさついた指先に、なぜか涙が溢れそうになった。
 僕は今年で15歳になった。僕がこの花街に連れてこられたとき、ハナは15歳になったばかりだった。やっと、やっとあの頃のハナに追い付いた。だけど、引き離されている気しかしない。とても、悔しいことに。ハナの背中に追い付いて、この手を引いて歩けるようになるまで、あと何年かかるのだろう。それまで、僕はハナのそばにいることはできるのだろうか。


「なに泣きそうになってるのさ」
「なんか、思い出したら泣けてきた」
「そんなに怖かったのか。伊作がわたしにしか懐かないのが悔しかったんだよ、たぶん」
「わかってるけどさあ」
「小さい頃の伊作はとても可愛かったし、わたしに懐いてるさまがまるで子犬のようだったらしいよ。今はこんなに可愛げがなくなって、はあ」
「ため息つかないでよ。あとね、ハナ、また痩せたよね。煙草、少し減らさないと、煙管取り上げるからね」
「そういうとこ、とーっても可愛くない」


 片手でむぎゅ、と頬を掴まれて、「…いひゃい」とハナを睨みつければ、なぜかとても優しい笑顔を向けられた。その顔があまりにも綺麗だったから、ぼくは困ったように笑って、ハナの頬に手を伸ばした。



庭の椿は死んだ





130429

伊作は小さいとき主の禿でした設定。



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