花一匁、お前が欲しい



「こんな仕事を頼んでしまって、本当にすまない」


 至極沈んだ顔をしているハナに、「いや、 気にするな」と答えるしかできなかった。俺が帰ってきたとき、ハナの部屋には凄まじい量の煙が充満していて、一瞬、死ぬ気かと思った。ハナは俺たちに人買いの仕事を任せたとき、いつもこうなる。命を削るかのように忙しなく煙草を吸い続けて、誰の注意も聞き入れない。伊作なんかいつも泣きそうで、見ていられないほどだ。
 窓を開けてしばらく経つと、充満していた煙はすべて外に逃げた。それでも煙管を手放そうとしないハナに、俺は顔をしかめる。ハナの目の前で胡坐をかく俺に、ハナの視線は向かない。今にも泣きそうなくせに、決して泣かない。ハナは、俺たちに、本当に弱っている姿を見せはしない。夕焼けに照らされて、ハナの疲れた横顔が見える。


「親は、何か言っていたか」
「何も。目も合わせようとしなかった」
「そうか」
「ただ、最後に泣き崩れてはいたけどな」
「泣いて悔やむ親なら、子どもを売ろうなんて思わないよ」
「………」
「知っているか、留三郎。人は誰かのためには泣けないそうだ。自分のためにしか、泣けないそうだ」


 その親は、何を想って泣いたんだろうな。
 嘲笑うように笑って、ハナはそう吐き捨てた。何も言えない俺の姿は、ハナには見えていない。その目に映っているのは、憎悪と嫌悪だけ。
 ハナは人を物のように扱う人間を吐き気を催すほど嫌っている。この人買いも、親の方から引き取ってくれないかと言われてしているだけで、ハナ自身が望んでやっていることではない。始めはすべて断っていたが、うちに断られて、他の見世に売られた子どもが人以下の扱いを受けて死んだという話を聞いてから、ハナは人買いを受け入れるようになった。他の見世の数倍高い金を払って、ここまで連れてきて、それでもその子どもが嫌だ帰りたいと言えば、さらに金を持たせて帰らせる。ただし、こちらが出した文を読んで親がここまで迎えに来れば、だ。しかしまだ前例はない。つまり、ここまで迎えに来た親はいないのだ。そんなものだ。子どもの命は、花一匁と変わらない。
 ハナが煙管を咥えて、煙を吐き出す。ゆっくりと立ち上がったハナを見上げれば、やっと目が合った。酷く暗い目だった。


「留三郎、その子が一人でこの見世から出ていかないように、見ていてくれ」
「ああ」
「最近また禿攫いがあったらしいからな。他の見世よりは、この見世の方がいくらかましだろう」
「比べる価値もねえよ、他の見世となんて」
「他の見世で誇りを持って生きている奴もいるんだ。そう言うな。それに、この見世だって何も変わらないよ」
「…ハナは、どこに」
「少し外を歩いてくるよ。見世を開く頃には戻る」


 ふらり、と部屋を出て行ったハナの後ろ姿を見送って、俺は煙草の残り香がする部屋で一人、拳を握り締めた。
 ハナが誰よりも自分を責めて、嫌って、追いこんでいることくらい知っているのに、何もできない自分が情けない。ハナは人を想い過ぎる。そのせいで自分自身を蔑にしていることにさえ気づいていない。いや、気づいていて、それでも俺たちを優先しているのかもしれない。本当のことなんて、誰も知れない。教えてはくれない。知る術もない。人のために泣ける唯一の人を、俺たちのせいで泣かせたくはないと、こんなにも強く思っているのに。


「もっと、大人だったら、」


 ハナを救えたのかもしれない。なんて、結局は自分のための願いだということに気づいてしまって、呆れた笑みが漏れた。結局俺は、ハナを手に入れさえできれば、俺が幸せにしてやれると自惚れているだけだろう?



花一匁、お前が欲しい





130422

花一匁(はないちもんめ):匁は質量の単位。当時は花を一匁買うのと同じくらい、子どもは安く取引されていた、ということ。



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