吐き出した白い煙がゆらゆらと昇っていく。窓も戸も閉め切っているせいで、天井にはわたしが吐き出した煙がぐるぐると溜まっている。そろそろ換気をしないと、と思うけど、わたしに動く気はない。どうせそのうち文次郎あたりがやってきて、勝手に換気するだろう。煙管に口をつけ、煙を吐き出す。それが昇っていくのを眺めてから、わたしは目の前の帳簿に視線を落とした。もう一度煙管に口をつけて煙を吐き出していると、すたんっ、と音をたてて、わたしの部屋の戸が開いた。ゆっくりと戸の方を向くと、不機嫌そうに眉を顰めた仙蔵がどかどかと入ってきた。髪の装飾ははずしているが、着物も化粧も煌びやかなままだ。開けっぱなしの戸から煙が静かに逃げていく。仙蔵はわたしの隣に腰を下ろし、煙管を奪おうと手を伸ばしてきた。その手首を握り、煙管を灰皿に置くと、仙蔵は満足そうに微笑んでわたしの手に指を絡めた。


「いい加減にしないと肺が潰れるぞ、ハナ」
「こんな商売してる人間はどうせ早死にするんだ。肺なんてどうでもいいよ」


　女のそれのように手触りのいい手を握り返せば、仙蔵はわずかに頬を緩めた。猫のように擦り寄ってきた仙蔵に、自然と笑みが零れる。こんな顔、客には絶対に見せないくせに。髪に指を通せば、絡まった髪が軽く指に引っかかる。せっかくの綺麗な髪が、もったいない。


「その重い着物を脱いでから来ればいいのに」
「せっかくの綺麗な着物だから、ハナに見せてやろうと思ってな」
「得意様のために用意した上物の着物だからな。その得意様は早々にお前が追い返してしまったけど」
「今日は気分が乗らなかったんだ」
「得意様も次に期待するとおっしゃって笑っていたよ」


　顔を合わせると、お互いに笑みが零れた。仙蔵が機嫌良くわたしの首に腕を回してきて、至近距離で視線がぶつかった。切れ長の目は熱っぽく細められている。ああ、今にも喰われてしまいそうだ。わたしは仙蔵の肩を押し返し、わざとらしくため息を吐いた。仙蔵はそれでも諦めるつもりはないらしい。ほとんど膝乗りの状態になっている仙蔵から逃げるように、わたしは腕で顔を隠す。仙蔵が舌打ちしようが、わたしには関係ない。


「ハナ、私は今夜暇なのだ」
「暇にしたんだろうが。お前を買う気はないよ」
「ハナに買われる気もない。私は最初からハナのものだ」
「残念だが、仙蔵をわたしのものにした覚えはない。好きに生きろ」
「断る」
「とりあえず、重い。退けてくれ」
「嫌だ」
「…女だからって、舐めるなよ」


　わたしはそう言うと、目の前にある仙蔵の額に頭突きを喰らわす。怯んだ隙に仙蔵の両腕を掴んで自分の頭を引き抜き、そのまま勢いをつけて押し倒した。仙蔵が頭を打たないように床との間に滑り込ませた手が痛い。珍しく驚いたように目を見開く仙蔵ににたり、と笑ってやる。途端に顔を赤く染めた仙蔵の上から退けて、乱れてしまった衿を直す。文机の前に座り直して、煙管に手を伸ばす。体を起こして悔しそうにしている仙蔵に向かって煙を吐き出してみれば、げほげほと咳こんだ。涙目でこちらを睨みつける
仙蔵は、完全に機嫌を損ねてしまっている。こういう仙蔵の素の部分を引き出せる人が周りにもっといれば、この子はもっと生きやすいだろうに。


「仙蔵、さっさと風呂に入っておいで。綺麗な着物に煙草の匂いがついてしまう」
「ハナ、」
「そしたら、みんなの仕事が終わるまで、わたしの話し相手になっておくれよ」


　途端に嬉しそうに顔を綻ばせた仙蔵は、足取りも軽く部屋を出ていく。自分の禿の子たちを探す声が遠ざかっていくのを聞きながら、わたしは煙管を灰皿に打ち付け、灰を落とした。灰皿から昇っていく煙が、戸から入ってきた風に揺れる。わたしは障子を開け、今宵も賑やかな花街の大通りを見下ろした。

いけずなお人ね

130410