※女性向け表現注意




「名前くん、ごめんね」
「うん、大丈夫、もう慣れた」


 小松田くんがひっくり返した書類を集めながら、小松田くんがまた何かしでかさないかとはらはらしていなきゃいけないこの環境は、ものすごく心臓に悪い。吉野先生は偉大な方だ。僕はもう心が折れそうです。「ごめんね、ごめんね」と半泣きで繰り返す小松田くんは、わしゃわしゃと適当に書類をかき集めているけど、これは学園関係の方々への郵便物だけど、こっちは違う書類だからできれば混ぜないでほしい…。いや、あとで分ければいいんだもんね、うん。
 たしかにみんなが言うようにドジっ子だけど仕事には熱心で一生懸命な小松田くんが黙々と集めてくれた書類を、僕がどんどん仕分けしていく。視界が狭い僕だと、拾い忘れがあると悪いからね。適材適所というやつ。そのおかげで床一面に広がっていた書類はあっという間に片付いた。小松田君がきらきらした目で僕を見て、「やっぱり名前くんは仕事が早いねえ」と感嘆の声を上げた。


「そんなことないよ」
「ううん、そんなことあるんだよ!名前くんは忍者の素質もあるし、すごいなあ。僕なんて、名前くんの足を引っ張ってばっかり…」
「でも、この目じゃあ、前線で戦えないし、小松田くんみたいに侵入者を追うこともできないよ。生憎、責任感も強くもないし」
「名前くん…」
「小松田くんにもいいところはたくさんあるよ。だからそんなこと言っちゃだめ」
「そ、そんなこと言ってくれるの、名前くんだけだよ。僕、やっぱり名前くんのこと、好きだなあ」


 小松田くんがふわり、とはにかんだ瞬間、事務室の戸が勢いよく開いた。そこには怖い顔をした仙蔵が立っていて、小松田くんを睨みつけている。のに、小松田くんは気づいていないようで、「あれえ、立花くんどうしたの?」と首をかしげている。それには思わず苦笑いを浮かべてしまった。小松田くんは忍者うんぬんの前に、人の表情を読み取る術を身につけた方がいいと思う。
 仙蔵は小松田くんから僕に視線を移して、責めるように睨みつけてくる。その視線から逃げるように視線をそらして、僕はさっきの書類を入れるための封筒を準備し始めた。小松田くん、あとは頼んだよ。


「委員会の活動で生首フィギュアをお借りしたいのですが」
「吉野先生に許可もらってる?」
「はい」
「じゃあ、僕が鍵を開けるから、一緒に行こう?」
「以前、作法委員会で使っていた道具もお借りしたいので、元作法委員長の名前先生についてきていただけるとありがたいです」
「あ、そういうことなら名前くん、よろしくね」


 ぎぎぎ、と音がしそうなくらいぎこちない動きで振り返れば、にっこりと笑って用具庫の鍵を差し出す小松田くんの後ろに般若が見えた。目で殺されそう。僕は「でも小松田くんに任すとまた書類をひっくり返すかもしれないし!」と言い逃れしようとしても、「大丈夫だよ!任せて!」と胸を張って言った小松田くんが僕の手を引いて、鍵を押し付けて、仙蔵の前に突き出された。この強引さったらない。どうせ、後輩とゆっくりしてきなよ、的なこと思ってるんでしょ。小松田くん、根っからのいい人だから。僕は思わず吐き出しそうになったため息を飲みこんだ。目の前には笑顔の般若。


「…行こうか、仙蔵」
「はい」
「ごゆっくりー!」


 ぶんぶんと手を振る小松田くんに手を降り返しながら、僕と仙蔵は用具庫へ向かった。

 ずっと黙ったままの仙蔵が怖すぎて、僕も一言も発さずに用具庫まで歩き、鍵を開けた。ずらり、と並んだ生首フィギュアが懐かしくて、少し気を抜いたのが悪かった。背後からの衝撃に対応できず、足を滑らせてしまった。床に打った膝が痛い。がちゃん、と戸が閉められたせいで、灯りはほとんど遮られ、薄暗い。暗闇に慣れない目を必死に凝らして、気配を窺う。手に触れた棚を頼りに立ち上がったら、突然抱きつかれて心臓が止まるかと思った。一瞬止まった息を吐き出しながら、僕は仙蔵の腰にゆるく腕を回した。


「死ぬかと思ったー」
「こんなことで死ぬわけないでしょう」
「まあね。いやあ、しかしあれだね、仙蔵、気配消すの上手になったね」


 それに、身長も。
 だんだんと目が慣れてきたおかげでぼんやりと見える仙蔵の顔を両手で包む。二年前は僕の肩くらいまでしかなかったのに、今じゃほとんど変わらない。なんとも形容しがたい顔をした仙蔵が、何かを言おうとして、だけど結局何も言わず、静かに唇をかみしめた。聞きたいことがたくさんあるのだろう。僕が今まで何をしていたのか。どこにいたのか。どうして誰にも何も言わずに姿を消したのか。聞いてくれれば、仙蔵になら、全部教えてあげるのに。仙蔵は昔から変なところで意地っ張りだった。どうやら二年経った今も変わらないらしい。僕は思わずゆるり、と口元が緩んだ。


「心配した?」
「もちろん」
「探した?」
「ずっと」
「見つからなかったでしょ?」
「ええ、何も」
「でも、安心した?」
「…心配事が増えましたよ、」


 名前先輩があまりに綺麗になっていたせいで。
 もう、黙ってください、とかすれた声が鼓膜を揺らして、僕は、仙蔵に惹かれるがままに、唇を重ねた。

 誰も見てないから、今だけね。







130120

主人公:17歳、可愛い系美人、元作法委員長、5いの教科担当。
    世話焼き、気がきく、作法の元祖良心、典型的優等生。

(ネタメモでは恋人未満とかなんとか言ってたけど勢いに任せたら恋人になってたし、途中から片目設定どっかいったよ!)




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -