私は名前のことが好きだ。男同士だとかそんなことはどうでもいいと思えるくらいくらい、好きだ。だから名前にも私のことを好きになってもらいたいと思う。好きになってもらえなくても、せめて名前を呼び合って、どうでもいいことで笑い合って、たまには喧嘩して、そう、普通の友達のように。


「…っは、あ」


 思わず吐き出した息が、熱い。さっきからずっとうまく呼吸ができなくて、浅い呼吸を繰り返しているせいで、酷く喉が渇いていた。強く強く握り締めている名前の手首が、ぎしり、と軋む音がする。だけど名前を前にすると力の加減ができなくなって、さらに力を込めてしまう。眉を顰めた名前が、うっ、と痛そうに小さな呻き声を上げる。ゆっくりと私を見上げた名前の虚ろな目と目が合って、私は思わず息を飲んだ。底が見えない、暗い暗い瞳からは、一切の感情が読めない。だけど確かに綺麗で、それ以上に名前が私を見てくれていることが嬉しくて、今すぐ抱き寄せたい衝動を必死に抑え込んだ。私はただ、名前と普通の友達になりたいだけだ。


「名前、」
「………」
「私は、お前と友達になりたいんだ。他の奴らみたいに、名前と、友達に」
「………」
「長次も、留三郎も、伊作も、仙蔵も、文次郎も、私も、みんなお前と友達になりたいんだ。下級生のときは、たくさんいじめて悪かった。何度でも謝る。それでも気が済まないなら、私を殴ってくれ。名前の言うことを何でも聞く。だから、だから名前、私のことを無視しないでくれ」


 だんだん小さくなり、震えていく自分の声が情けなくて、でも言いたいことを言いきった達成感に少しだけ満足して、やっと呼吸がまともにできるようになった。名前はしばらくじっ、と私の目を真っ直ぐに見つめて、静かに「七松、」と私を呼んだ。途端にぞわり、と身体中がざわめく。指の先まで痺れるような感覚に、目眩がしそうだった。やっぱり、私は名前がすきだ。どうしようもなく、好きなのだ。
 名前が言葉を紡ぐ。酷く心地のいい柔らかい声は、後輩や他の同輩たちに向けるものと同じで、私は期待してしまった。だから余計に名前の言葉を受け入れることができなかった。


「許すわけないだろ。お前らなんか、」


 大嫌いだよ。
 そう名前が紡いだその瞬間、私は名前の首に両手をかけていた。後ろに傾いた名前の身体は派手な音をたてて倒れた。名前の身体に馬乗りになって、両手に力を込めていく。さっきの無表情とは打って変わって、いびつに歪んでいる名前の顔に、ぽたぽたと大粒の涙がいくつもいくつも落ちた。ぎりぎり、と締まっていく名前の首。はくはくと空気を求めて開閉する名前の唇を塞いでしまいたくて、身体を前に倒し、私の涙でぬれた名前の目を覗き込んだ、そのとき、名前の顔がわずかに緩んで、確かに微笑んだ。
 はっ、と息が止まり、手から力が抜ける。その途端、何本もの腕が伸びてきて、私の身体を拘束し、名前から引き離された。ぐったりと手足を投げ出して、ぴくりとも動かない名前に駆け寄ったのは名前も知らない同輩で、少し遅れて伊作のところの後輩が来て、名前を抱きあげて連れていってしまった。周りが騒然としていて、口々に私を責めていることも気にならないくらい、私の頭の中は名前でいっぱいだった。名前が私に向かって微笑んだ。下級生のときも、名前をどうにかして振り向かせたくて、いじめなんて幼稚なことをして、そのときも名前は最後に笑った。たったそれだけが、私が名前の表情を変える方法だった。いけないことだっていうことはわかってる。でも、これしかないんだ。名前の気を引くには、これしか。


 その日の夜に目を覚ました名前に謝りに行こうと、こそこそと忍びこんだ医務室で、名前が保健委員の後輩に「また、死ねなかったよ」と呟くのを聞いた。名前がどんな顔をしていたのかはわからない。それでも、その言葉は刃のように鋭くて、鉛のように重かった。

 普通の友達になりたい、と望むことさえ許されない。








130119

主人公:死にたがり(他殺願望)、無表情、秀才。
    小平太たち以外には普通に接する。人付き合いは悪くない。




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