吐き出した白い煙がゆらゆらと昇っていく。さっきから窓も戸も閉め切っているせいで、天井にはわたしが吐き出した煙がぐるぐると溜まっている。そろそろ換気をしないと、と思うけど、わたしに動く気はない。どうせそのうち文次郎あたりがやってきて、勝手に換気するだろう。煙管に口をつけ、煙を吐き出す。それが昇って行くのを眺めてから、わたしは目の前の帳簿に視線を落とした。両親から受け継いだ商売は、恐ろしく順調。全てはここで働いてくれているあの子たちのおかげ。無理はさせたくないものだな。もう一度煙管に口をつけて煙を吐き出していると、すたんっ、と音をたてて、わたしの部屋の戸が開いた。ゆっくりと戸の方を向くと、不機嫌そうに眉を顰めた仙蔵がどかどかと入ってきた。髪の装飾ははずしているが、着物も化粧も煌びやかなままだ。戸も開けっぱなし。天井に溜まっていた煙が静かに消えていく。仙蔵はわたしの隣に腰を下ろし、わたしの膝に手を添える。もう癖みたいなものなのだろう。わたしは煙管を灰皿に置き、机の下に移動させた。着物が汚れてしまったらいけない。 「いい加減にしないと肺が潰れるぞ、名前」 「こんな商売してる人間はどうせ早死にするんだ。肺なんてどうでもいいよ」 片膝を立てた状態のわたしは、立てていない方の膝に乗っている仙蔵の手の上に手を重ねる。女のそれのように綺麗で手触りのいい仙蔵の手を握ると、仙蔵はわずかに表情を緩めた。擦り寄るように寄り添ってきた仙蔵に、自然と笑みがこぼれた。こんな顔、客には絶対に見せないくせに。 「仙蔵、お前まだ風呂に入ってなかったの」 「せっかくの綺麗な着物だから、名前に見せてやろうと思ってな」 「得意様のために用意した上物の着物だからな。まあ、得意様は早々にお前が追い返してしまったけど」 「………」 「わたしはお前を責めているわけじゃないよ。それに帰り際に、また来る、とおっしゃっていたから、その時にきちんと謝罪するんだよ」 不服そうに頷いた仙蔵の髪を空いている手で撫でてやる。仙蔵と向かい合うように向きを変えると、仙蔵は艶かしい動きで距離を詰め、わたしの首に腕を回す。至近距離でぶつかる視線。切れ長の目は熱っぽく細められていて、ああ、今にも喰われてしまいそうだ。わたしは仙蔵の肩を押し返し、わざとらしくため息を吐いた。仙蔵はそれでも諦めるつもりはないらしい。ほとんど膝乗りの状態になっている仙蔵から逃げるように、わたしは腕で顔を隠す。仙蔵が舌打ちしようが、わたしには関係ない。 「名前、私は今夜暇なのだ」 「暇にしたんだろうが。お前を買う気はないよ」 「名前に買われる気もない。私は最初から名前のものだ」 「わたしのことを本当に想うなら、得意様を蹴るようなことはしないでくれ」 「私のことを想って、好きにしていいと言っているのは名前だろう?」 「仙蔵に限ったことじゃない。仙蔵、重い。退けろ」 「断る」 「女だからって、舐めるなよ」 わたしはそう言うと、目の前にある仙蔵の額に頭突きを喰らわす。怯んだ隙に仙蔵の両腕を掴んで自分の頭を引き抜き、そのまま勢いをつけて押し倒した。仙蔵が頭を打たないように床との間に滑り込ませた手が痛いが、珍しく驚いたように目を見開く仙蔵ににたり、と笑ってやる。途端に顔を赤く染めた仙蔵の上から退けて、乱れてしまった衿を直す。手を見れば少し赤くなっていた。文机の前に座り直して、煙管に手を伸ばす。体を起こして悔しそうにしている仙蔵に向かって煙を吐き出してみれば、げほげほと咳こんだ。まだまだ若いな。 「仙蔵、さっさと風呂に入ってこい。着物に煙草の匂いがつく」 「名前、」 「そしたらここにおいで。暇なんだろう?みんなの仕事が終わるまで、わたしの話し相手になっておくれよ」 途端に嬉しそうに顔を綻ばせた仙蔵は、足取りも軽く部屋を出ていく。兵太夫を探す声が遠ざかっていくのを聞きながら、わたしは煙を煙管を灰皿に打ち付ける。落ちた煙草から昇っていく煙が開けっぱなしの戸から入ってきた風に揺れる。わたしは窓を開け、今夜も賑やかな花街の通りを見下ろした。 この世は浮世。人よ、悲しむな。この世はこんなにも美しい。 121228 主人公:強気、高飛車、傲慢、男勝り。ヘビースモーカー。 |