「あの、ナナバさん、」
「ん?あ、君は名前のところの…」
「はい、あの、名前さんを見てませんか」


 え、
 一瞬言葉を失った私を見て、彼は絶望を見たかのような顔をした。撤退作業をしていた兵士たちが、伏し目がちにこちらを窺い、何も見なかったかのように作業に戻る。彼らにとっては頭のおかしい上司だとしても、こうしてきちんと名前を慕う者もいることを、名前自身が知っている。だからって名前自身が変わるわけもない。さっきよりも顔を青くしている彼に、「最後に名前を見たのはいつ?」と問いかける。彼はハッ、と顔を上げた。


「撤退命令が出て、ここに向かう途中までは、自分の後ろを飛んでいました」
「気づいたらいなかったってことだね。ここに来るまでに巨人を見た?」
「い、いえ、巨人とは遭遇することなく、」
「いや、遭遇じゃなくて、」


 巨人の姿を見たかどうかを聞いているんだけど。そう続けようとした私の声を遮るように、きゃははは!といつ聞いても頭がおかしいとしか思えない笑い声が聞こえてきた。思わず額に手を当てた私を余所に、目の前の彼は途端に安心したように顔を緩めた。木の影から姿を現した名前は、私たちの姿を見つけるなり、先の折れた剣を上げて、ぶんぶんと大きく振った。その顔はとても嬉しそう、というよりも楽しそうだ。立体起動を解除して地面に足をついた名前に駆け寄った彼に、名前はパッと顔を輝かせた。その腕には一人の負傷した兵士を抱えている。


「名前さん!」
「おーおーよかった、無事だったんだね、よかった。じゃあこっちの手当てを頼むよ。死んではいないはず、たぶん」
「は、はい!」


 肩に担いでいた兵士を下ろして、それを受け取った彼の腰あたり叩いて、「いやーほんと、無事でよかったよ」ともう一度無事を喜んだ。彼は今にも泣きそうな顔をしながらも「名前さんも無事で何よりです!」と答えた。作業の手を止めた兵士たちが、ぽかんと口を開いたまま、その様子を見ている。それをパンパン、と手を叩いて、作業に戻させる。また慌ただしく作業が進む中、「ガス切れ直前だったんだよねー」と言って立体起動装置を軽く叩く名前の、私よりも少し高い位置にある頭を叩いた。どうしてそんな無茶な戦い方をするんだろう。


「名前、撤退命令は絶対だって言ったはずだよ」
「ごめーん。それより聞いてよナナバ!ここまで来る途中に巨人がいてね、しかも奇行種もいてさあ!すばしっこいのなんのって!いやー、楽しかった!」
「あいつらって、いったい何匹を相手にしてきたの?」
「5、いや6いたかも…、んー、いちいち数えないから忘れちゃった。でもちゃんと殺してきたよ」


 兵士もひとり回収してきたんだから、そんな怖い顔しないでよ、ナナバ。
 へらり、と、返り血を浴びたままの顔で笑う彼女に、毒気を抜かれた気分だ。顔についた血の場所を教えてやりながら、ため息を飲み込む。


「リヴァイたちにはさ、兵士をひとり連れて帰ったことだけ伝えてくれたりしないかなあ」
「どうせすぐにばれるよ」
「明日訓練生のところに顔を出す予定なんだ。それを禁止されたら、わたし今度こそリヴァイと本気の喧嘩をするかもしれない」
「やめなときなよ。名前は次の壁外調査にも組まれてるんだから」
「あ、そうだった」


 そう言えば、大抵の兵士は嫌そうな顔をするのに、名前だけはわくわくと待ち切れないと言わんばかりの顔をする。ミケが言うには、名前は恐怖というものを母親の腹の中に忘れてきたのだという。たしかに名前が何かに対して怖がる姿を見たことがない。壁外調査では最前を飛び回り、巨人を見れば反射で追って殺す。調査兵団の中で一位二位を争うほどの実力を持っているにも関わらず、多くの兵士からが煙たがられている理由は、名前の性格にある。人の話はまともに聞かない。指示を待てない。巨人を追いかけ回すことが最優先。そんな性格だから、お偉いさん方は名前を厄介者扱いしているし、下の兵士からも変わり者だと噂されている。だけど、本当は仲間思いなところもあって、自分に近い人間はきちんと大切にするし、死を嘆くこともする。皆が知らないだけなんだ。名前は思っているよりも、きちんと人間らしい。作業を手伝うと言い出した名前に、うろたえる兵士たちがいい例だ。彼らは知らない。名前が巨人狂いのイカれた奴だということしか知らない。だからさっきの光景を見て驚愕し、名前を慕う人間を嘲笑ってきた自分を恥じる。損な奴。
 帰り道、私の馬に一緒に乗っている名前が、突然ふふ、と笑った。振り向いた私に、名前は「帰ったら、リヴァイに美味しいコーヒー淹れてもらおうね、ナナバ」と笑う。それにつられて笑った私を、おかしいものを見るように横目で盗み見る兵士を、見ないふりをした。






20130916

主人公:ハンジくらいの年齢。細身で身軽。でも筋肉質。
    巨人倒すの楽しいとか言い出す頭のおかしい人。空気はぶち壊すもの。
    自分を慕う人間は可愛がるくらいには人間らしい、らしい。


友達に貸しているせいで手元に原作ないから細かいところ間違ってると思うけどどうしても書きたくなったので書いてみましたナナバさんラブ。




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