美しく時は曖昧にとろけ合う


「鉢屋先輩、」


 突然現れたわたしの方を見て、怪訝な顔をしているのは鉢屋三郎先輩である。部屋はすでにぽかぽかに温められているにもかかわらず、ホッカイロを握り締めているくらい寒がりなで、わたしが通う高校の中で同じ学年だけではなく、後輩からも先輩からも、はたまた他校の生徒からもラブレターの絶えないという噂のある鉢屋三郎先輩である。つまりかなりのイケメンさんなのだ。その顔の前に両手で持ったラブレターを突き出して、わたしは真っ直ぐに目を見つめた。


「鉢屋先輩」
「名前、勝手に部屋に入ってきといてどうした?頭でも打ったか」
「鉢屋先輩、これ、受け取ってください」
「…はあ?」
「ずっと前から、わたし、鉢屋先輩のことがす、」
「おい名前、ちょっと黙れ」


 三郎にほっぺを掴まれたせいで、せっかくの告白が残念なものとなってしまった。ぽかぽかな三郎の指は、男のくせに細いせいで、ほっぺに食い込んで地味に痛い。「はにゃせー」と言ってみるも、三郎はわざとらしくため息をつくだけで手を離してくれない。わたしは三郎の手に自分の手を重ねて、三郎の手を離そうとすると、それよりも早くわたしのほっぺは解放された。代わりに自分の手でほっぺを包み、むにむにと揉む。冷たい。


「お前、手つめたい」
「さっき帰ってきたからね」
「で、さっきの何?」
「今日友達から、鉢屋先輩に渡して、って言ってラブレター託されたから、それっぽくしてみた」
「それ、複雑だな」
「なんか騙してる感があって、罪悪感半端なかった」
「だろうな」


 疲れた顔でため息をついた三郎の足の上にラブレターを乗せて、わたしはいつものようにベッドの上に座る。隣に座っている三郎に寄りかかって、手元のスマホを覗き込むと、三郎はスマホとホッカイロをわたしに押し付けた。わーい。ホッカイロを握り締め、アプリを開いてゲームを始めたわたしの隣で、三郎が渡したばかりのラブレターをごみ箱に捨てた。思わず、「あ、」と口を開けたわたしを三郎が不思議そうな顔をして見た。わたしはごみ箱に入っているラブレターを指差しながら、三郎を見る。


「それ、読まないの?」
「いつも読んでないだろ」
「でもわたしの友達のだよ?」
「…お前の前で読んでもいいわけ?」
「え、別にいいけど」


 はあ、と深いため息をついた三郎は、結局何も言わずにテレビゲームの準備を始めた。ええ、と思いながらも、わたしは静かにその後ろ姿を眺める。ほとんど金髪に近い三郎の髪が揺れている。三郎は見た目が派手なせいで、よく人の目を引く。同じような髪をした女の子に言い寄られていることも、こうやってわたしが誰かから預かってきたラブレターを渡すことも少なくはない。小さい頃からずっとこうだったし、わたしはあまり気にしてはいないのだけど、三郎は結構気にしてくれているらしい。案外小心者。過保護だし、心配性。この見た目なのに、とコントローラーを持ってわたしの隣に座りなおした三郎の髪に手を伸ばす。だけどそれは髪に触れる前に空しく避けられてしまった。くやしい。


「なによう」
「まだ手つめたいだろ」
「もうあったかいよ、ほら」
「いい。あと、今日鍋だから」
「えー、またー?」
「文句言うなら名前が作れ」
「今日は三郎が当番の日じゃん」
「じゃあ鍋な。ついでに泊まっていったら?お前んち、今日誰もいないんだろ」
「わあ、さすがモテる男は違いますわー」
「うるさい。名前だから言えるんだよ」


 何でもないような顔をして言っているけど、髪に隠れた耳が真っ赤なのは知っている。こんな見た目をしていて、ほぼ毎日みたいに告白を受けているにもかかわらず、わたしが初めての彼女で、付き合っていることを内緒にしているのはわたしが変ないじめとかに遭わないようにだということも、全部全部知っている。昔からわたしにだけ特別に優しくて、甘いのだ。
 わたしは真っ赤になっているだろう顔を隠すために、まだ冷たい手で顔を覆ってベッドに倒れ込んで、足をばたばたと動かした。「三郎のばかー」と言えば、三郎から「おー」と返ってくる。だけどわたしの髪を撫でた手が優しくて、わたしはますますにやけた。


「さぶろー、だいすきー」
「知ってる」







130119

幼馴染先輩鉢屋×幼馴染後輩な女の子

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