泣きたくなったら此処においで



「名前せんぱーい」


 昇降口でローファーに履き替えていたわたしを呼びとめる声に振りむく。そこにはひとつ後輩の尾浜がいて、わたしを見てにこにこと笑っている。部活用のジャージを着て、寒そうに首をすくめている尾浜の吐く息が白い。「なんか、久しぶりですね」と言う尾浜に「そうだね」と返事を返す。マネージャーとしてバスケ部のみんなと過ごした日々は、県大会で敗北したことで終わりを迎えた。それからは今までサボり気味だった勉強をそれはもう必死になってやらなくちゃいけなかったから、「遊びに来てくださいね!」っていう後輩たちの言葉に応えることもできず、尾浜とこうして直接顔を合わせるのも久しぶりだった。
 ほとんど人のいない昇降口に尾浜の足音がやけに大きく響く。目の前までやってきた尾浜を見上げれば、尾浜の鼻や頬が寒さで赤くなっているのに気付いた。この季節の体育館は、物凄く寒いのだ。


「尾浜、部活は?」
「今、休憩中ー。さっきまであそこで走り込みしてたんですよ」
「だからほっぺた真っ赤なんだ」
「え、赤いですか?」
「うん。鼻も赤いよ」
「うへ、恥ずかし」


 そう言いつつも恥ずかしそうな素振りをすることもなく、尾浜はこれまた冷たそうに赤くなった手で頬を包んだ。ゆるゆると緩んでいる尾浜の顔を見ていたら、わたしもつられて表情が緩む。「名前先輩だって、鼻、赤くなってますよ」って言って、尾浜が笑った。


「名前先輩ってこの時期になるといっつも鼻赤いですよね」
「寒いんだからね、仕方ないよ」
「冷え症だから手も冷たいし」
「だからちゃんと手袋してるよ、」


 ほら、と尾浜の前に出した両手には、赤いミトンの手袋がはめられている。それを見せびらかすように閉じたり開いたりしていると、尾浜がおもむろにそのミトンの片方にに手をかけた。軽く引っ張られただけで少し大きいそれはいとも簡単に抜けてしまって、いきなり冷たい空気にさらされる。あ、と声を上げるのと同時に尾浜の手がその手を包んだ。熱い。


「おれのより冷たいじゃないですか」
「尾浜はさっきまで走り込みしてたからでしょ」
「じゃあ、おれがあっためてあげる」
「わ、」


 ぎゅ、と、背中に回った尾浜の腕に力が込められる。ひんやりと冷え切ったジャージが頬に当たって冷たい。わたしが一段低いところにいるせいでいつもより大きな尾浜が身を屈めて、わたしのマフラーに顔を埋めている。繋がれたままの左手だけが、まるで別の生き物のように熱い。


「名前先輩、だいすき」
「…わたしもだいすき」
「あーもー部活戻りたくない名前先輩帰らせたくないちゅーしたい」
「えええ、わがまま」
「言うだけだもん。先輩の受験終わるまで、ちゃんといい子で待ってる」
「ありがとう、尾浜」
「その代わり、今ちゅーしてもいい?」
「そういうのは、聞いちゃだめなんだよ?」


 わたしはそう言って、顔を上げた尾浜の首に腕を回して引き寄せた。一瞬だけ、冷たい唇同士が重なって、伸ばしたつま先を床に下ろす。ふにゃふにゃと笑っている尾浜がもう一度わたしを強く抱き締める。耳元で「だいすき、かわいい、ずるい、だいすき」って囁く声がくすぐったくて、わたしは笑みをこぼした。


「名前先輩、大学生になっても、浮気なんてできないくらい、おれのことすきになって」


 もうなってるよ。






130119

部活の後輩尾浜×部活の先輩な女の子

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