「大丈夫、もう平気」
「本当に?お前、嘘つきだから」
「わたしは本当のことを言わないだけで、嘘はつかないよ」
「私からすれば、それが1番厄介なんだ」
「うん、知ってる」
額と額をくっつけて、ぽつりぽつりと言葉を零す。首の後ろで緩く交差する三郎の腕がわたしの髪を押し上げて、それが頬をくすぐる。お互いに視線を下げているから、三郎の顔は見えないことをいいことに、ひっそりと口の端を上げて笑みをこぼす。
「知っててやるとかタチ悪い」
「ふふ、仕返し」
「まったく、誰に似たんだか」
「雷蔵かな」
「それは困った」
「勝てないから?」
「うん」
「勘ちゃんもわたしの味方だしね」
「いよいよ勝ち目がないな」
「やったね」
「可愛くない」
「本当に?」
「嘘。すごく可愛い」
ぐっと近づいてきた三郎の唇に、人さし指を当てる。「グロス、取れちゃうから」と微笑めば、「そうだな」と三郎も微笑んで、わたしの手を取った。白いグローブの上から手の甲にキスをする。にやりと微笑んだ三郎に、心の内側をくすぐられているような、そんな幸せな感覚に満たされる。たくさん回り道をしたね。たくさんの人に心配をさせてしまったね。たくさんの人に応援してもらったね。たくさん泣いた分、たくさん笑おうね。しあわせでいようね。貴方と一緒に、生きていきたいの。
また額をくっつけて、微笑む。もうそろそろ時間だ。
「緊張してる?」
「緊張しないわけがないだろ」
「ふふ、わたしも」
「転ぶなよ」
「三郎こそ、ドレスの裾、踏んだりしないでね」
コンコン、と扉をノックする音がする。返事も持たずに開いた扉の向こうには、スーツ姿の雷蔵と勘ちゃんが立っていた。雷蔵はとても優しい笑顔を、勘ちゃんは呆れたような笑顔を。わたしたちも顔を合わせて、零れるように微笑み合った。
「そろそろ式が始まるよ、お二人さん」
「いつまで待たせるつもりだよ」
「ごめんね、今行くから」
「じゃあ、行くか」
「うん」
わたしたちに関わったすべての人が、これから先もしあわせでありますように。
130508