言いくるめて頂戴この感情を
 雨が降っている。せっかくの休日なのに。どこかに出掛けようかと思っていたのだけど、雨が降っているんじゃ仕方ない。わたしはもう一度布団にもぐり込んで、惰眠をむさぼることにした。お昼過ぎになってようやく布団から這い出し、カーテンを開ければ、まだ雨が降っている。どうやら今日は1日中雨のようだ。Tシャツ1枚では少し肌寒かったから、脱ぎっぱなしにしていたカーディガンを羽織り、お湯を沸かしてインスタントの甘いカフェオレを淹れる。マグカップで手を温めながらつけたテレビには、やたらと陽気に振る舞う人たちの姿が映し出されている。さして興味のないそれに視線を向けつつ、マグカップに口をつけると、あまりの熱さに思わず「あつっ、」と声が漏れてしまった。舌先がひりひりする。痛い。火傷したなあ。そう思いながら、ふと視界に入ったスマホに手を伸ばす。ちか、ちか、と点滅するそれを開けばメールが一通。そこには見慣れた人の名前。わたしはソファーから立ち上がり、玄関の鍵を開けた。


「三郎、ごめん、今起きた」
「だと思った。別に気にしてない」
「寝起きで悪いけど、どうぞ」
「うん」


 玄関の隣で丸くなって座り込んでいた三郎は、わたしが玄関を大きく開けるより早く、その細い体を滑り込ませて入ってきた。ブーツを脱いでいる三郎のためにコーヒーを淹れようとお湯を沸かし直していると、三郎は勝手に部屋に上がり、白い箱をテーブルの上に置き、雨に濡れた上着をハンガーにかけている。すっかり慣れたものだ。手持ち無沙汰になった三郎は、わたしのところに来て、わたしのほっぺに手を押し付けてきた。そのあまりの冷たさにびっくりして肩をすくめると、三郎が楽しそうに笑う。三郎の眉間に寄った皺を見て、わたしは安心する。笑えているなら、それでいい。
 適当に作った昼ご飯を2人で食べて、三郎が借りてきたDVDを眺める。テーブルには三郎が買ってきたモンブランとイチゴのショートケーキ。モンブランがわたしので、ショートケーキが三郎の。この前のお詫びだそうだ。おいしそうなモンブランにちらりと視線を奪われ、次に映画が始まった時からずっと繋がれている右手に視線が移る。わたしの右手と三郎の左手の体温が溶け合っている。


「三郎、手離してくれないとケーキ食べれない」
「じゃあ私が食べさせて、」
「くれなくても結構。後で食べる」
「遠慮すんなって」
「遠慮じゃなくて、もう、もういい。三郎、しー」


 わたしがそう言うと、三郎は何故か嬉しそうに笑って、またテレビに視線を移した。わたしもそれに倣う。静かに物語が展開していくその映画は、わたしが好きな俳優が出ていて、わたしが好きなゆったりとした恋愛映画だった。このモンブランもわたしが好きなケーキ屋さんのもの。三郎はどんな女の子と付き合っていようと、わたしの好きなものだけは忘れない。だから他の女の子と長続きしないということを、三郎は気づいている。わたしたちが付き合っていたことを知っている友達は「三郎はお前の気を引きたくて、わざとやっているんだ」と口をそろえて言う。そんなこと、言われなくともわかっている。だけど、わたしと三郎は一緒にいてもしあわせになれない。それがわかっているのに三郎を切り捨てられないわたしは、ずるい。それを知っていてここにやってくる三郎は、もっとずるい。
 DVDが終わって、三郎がもうひとつのDVDをセットしているときに、わたしはようやくモンブランにありつく。おいしい。おいしいのだけど。わたしは三郎の背中を眺めながら、ひとつの質問を問いかける。


「三郎、今日は何をしに来たの?」


 ぽつりと落ちた声はやけに重たくて、わたしは泣きたくなった。それを知ってか知らずか、三郎はその質問が聞こえなかったかのようにDVDを再生させ、わたしの隣に座り直す。そしてゆっくりとこっちに顔を向け、フォークを持っているわたしの手をとり、掬っていたモンブランを口に運ぶ。モンブランが三郎の口の中に消えていくのをぼんやりと眺めているわたしに、三郎はにんまりと笑った。その笑みに見え隠れするものを、わたしは見えないふりをした。


「お前の心の隙間につけ込みに」


 数年振りに重なった三郎の唇は、依然と変わらずかさついていた。ぎし、と骨が軋むほど強く掴まれた手首が痛い。押し返そうとした左手もいとも簡単に掴まれて、そのままソファーの上に押し倒される。モンブランを乗せたお皿は膝から滑り落ちた。無理やりねじ込まれた三郎の舌がわたしの舌を絡め取った瞬間、火傷したときの熱を思い出して、じくじくと痛みがぶり返す。じくじく、じくじく。霞む視界の中で三郎が酷く悲しそうな、苦しそうな顔をするのを、わたしは見ないふりをした。右手に握られていたはずのフォークは、いつの間にか床に転がっている。じくじく、じくじく。いたむのは、どこ?
 流れ出したDVDは、わたしの嫌いな外国の映画だった。







121107〜121211


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