「明日も屋上来いよ。今度はちゃんと弁当持ってこいよな」


 ニカッ、と太陽みたいに笑った彼の言葉に誘われ、ぼくは今日も屋上を訪れた。青い空が視界を埋めて、あまりの眩しさに目を細める。昨日と同じ場所で寝転がっている名字くんにぼくはほっと息を吐く。良かった。ぼくのこと、忘れてなかった。おずおずと名字くんに近づくと、名字くんは閉じていた目を開いて、ぼくを見てにへっと笑った。ぼくに向かって手を上げ、ゆらゆらと揺らす。


「よお、三反田。弁当持ってきた?」
「う、うん」
「おお、そうか。じゃあ、そんなお前にご褒美をやろう」


 勢いをつけて起き上がった名字くんは、横に置いていたビニール袋をがさごそ音をたて、何かを探している。ぼくは首を傾げながら名字くんの隣に座って、自分のお弁当をひろげる。友達、と、お弁当を食べるなんていつぶりだろう。妙にそわそわとしていると、「じゃーん!」という声とともに、目の前に何かがつき出される。びくっ、と思わず肩をすくめたぼくに、名字くんは嬉しそうに笑いかける。名字くんの手にあったのは、売店の手作りプリン。


「これ、三反田の分な」
「え、あ、ありがとう」
「おばちゃんの作る料理は何でもうまいけど、このプリンよりうまいプリンに出会ったことがないあるか?おれはない!」
「ぼく、食べたことないから…」
「なんと!それはもったいない!じゃあこれを存分に味わって食べるといい!」


 興奮気味の名字くんは、手に持っていたプリンをぼくと名字くんの間に置き、同じようにビニール袋から出したサンドウィッチを開け始めた。ぼくもそれに倣って、いただきます、と手を合わせてからお弁当箱のふたを開けた。
 名字くんはよく話す人だった。次から次へと話題は変わり、ぼくがうまく反応できないこともまったく気にせず、楽しそうに笑う。特別におもしろい話をしているわけじゃない。あの先生の癖だとか、学校のマドンナは誰だとか、そんな他愛もない話を大げさな手ぶりで話してくれる。それが面白くて、ぼくは気づけば、名字くんにつられて笑っていた。突然、名字くんがぼくの弁当を覗き込む。ふわり、と風が舞う。


「お、三反田の弁当うまそうだな」
「…何かいる?」
「いや、馬鹿かお前。これ以上ちんまりしてどうするよ」
「うっ、名字くんだってぼくとそんなに変わらないじゃないか」
「おれは気持ちがでかいからいいの」
「理不尽だ…」


 地味に気にしていることを指摘されて、ぼくはプリンを食べていたスプーンをくわえたまま、しょんぼりする。それを見た名字くんはけらけらと笑う。プリンを2個も食べ終えている名字くんは、ぐっと腕を伸ばし、そのままひっくり返った。頭の後ろ手腕を組んで、足を投げ出す。くりっとした大きな目に、青い空が映り込んでいる。


「おれもなー、昔はお前みたいなちんちくりんでさー」
「え、今も…」
「ちょ、お前案外失礼だな。確かに体は今もちんちくりんだけど、昔は気持ちもなよなよしてて、ほんとに今のお前にそっくりだったんだよ」
「じゃあ、名字くんも、虐められてたの?」
「え、なに、三反田虐められてんの?」
「い、じめられてるってわけじゃ、ないけど…」
「へえ、そう」


 名字くんは興味なさそうに相槌を打ち、それからしばらく黙りこんでしまった。ぼくは膝を抱えて、ずんと重くなったこの胸のしこりをどうしようかと考えていた。
 教室に戻れば、ぼくは存在しない。当然のようにみんながぼくを存在しないかのように扱う。誰かが意図して始めたわけでも、ぼくが何かをしたわけでもない。みんながぼくの存在に気付かないだけ。話しかければ答えてくれるけど、話しかけてくれはしない。しかみ、「お前、誰だっけ?」って言われることもある。これがどんなに悲しいことか、わかってくれる人はきっといないだろう。怖い。ぼくはみんなに忘れられてしまうことが、怖い。ぼくなんていなくてもいいんじゃないかって、ぼくがいなくなっても誰も気づかないんじゃないかって思うようになって、それで昨日、ぼくは確かにこの屋上から飛び降りようとした。たくさん考えて、死にたくなって、やっとあそこに立った。きっと、あそこで名字くんが声をかけなかったら、ここにぼくはいない。でも、とりあえず、名字くんが友達になってくれたことで、ぼくの世界は少しだけ明るくなった。だから、この場所から、あの教室に行くのが、余計嫌になる。
 そんな思いも空しく、屋上に予令のチャイムが鳴り響いた。


「おー、もうそんな時間か」
「…名字くん、教室戻らないの?」
「ん、おれはぎりぎりで大丈夫」
「てか、名字くんってぼくと同じ学年だよね?何組なの?」
「何組でしょうねえ。今度暇なとき探してみて」
「教えてくれてもいいじゃないか…」
「その方がミステリアスっぽくて格好良いだろー?ほら、三反田はもう行きなー。遅刻はあかんよー」
「…名字くんもね」
「おー」


 重い腰を上げたぼくに、名字くんは寝転んだまま、ひらひらと右手を振った。それを恨めしげに見ると名字くんは「ばーか」と呟いて、ニカッと笑った。


「明日も待ってるからな」


 笑え、三反田。
 そう言って太陽みたいに笑うから、ぼくはつられて、困ったような笑顔を浮かべた。








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