10000打御礼! | ナノ


 造られた世界でふたり



「あー…、外に出たいなあ…」


 呟いた言葉は誰にも拾われることなく、最低限の家具しか置いていない空間に消えていく。わたしは窓際に置いてあるソファーに膝を抱えて座り、青い空をぼんやりと眺めていると、かちゃり、と背後でドアの開く音がした。振り返るのも億劫なわたしは無視を決め込む、が、するりと後ろから伸びてきた腕に抱き締められ、後ろに引かれる。わたしの髪に顔を埋める癖は、勘ちゃんのもの。わたしはため息を吐きたい気持ちをぐっとこらえ、背中にへばりつく勘ちゃんに「おかえり」と声をかけた。耳元で囁かれる甘い声に、ぞくり、と背筋がざわめく。


「ただいま、名前」
「今日はもっと遅くなるって言ってなかった?」
「早く名前に会いたくなって、授業サボって帰ってきちゃった」
「授業サボるのは、よくないよ」
「ごめんね、名前。ねえ、おれのこと嫌いになる?」
「…ならない、けど」
「そう言うと思った」


 嬉しそうに笑う勘ちゃんがわたしの体をぎゅうぎゅうと抱き締めてきて、わたしは勘ちゃんに見えないことをいいことに、顔を思いっきり歪める。そんなことに気付かず、勘ちゃんはわたしを散々抱きしめた後、あ、と思い出したように声を上げ、やっと、やっとわたしを解放してくれた。ふう、と息を吐き、勘ちゃんが裸足でぺたぺたと歩く後ろ姿を目で追う。無造作に投げられていた鞄の近くから、勘ちゃんはひとつの箱を持ち上げた。それに首を傾げていると、勘ちゃんはこちらを振り向き、にっこりと人の良さそうな笑顔をこちらに向けた。


「名前が好きそうなケーキ買ってきたんだ。夜ご飯の後に食べようね」
「うん、ありがとう、勘ちゃん」
「どういたしまして。名前が喜んでくれるなら、なんだってしてあげる。だから、」


 勘ちゃんはそこまで言って、一瞬でにこにこ笑顔を引っこめた。感情のない、人形みたいな顔。ああ、さっきの言葉聞かれてたか。ケーキの入った箱を再び床に置いて、勘ちゃんがこちらにやってくる。わたしはただそれを見ている。こうなった彼を止める術を、わたしは知らない。ただ、下手に抵抗しないほうがいいことだけは、学んだ。勘ちゃんがソファーに膝をつく。ぎしり、とソファーが軋む。わたしの体の横に手をついて、勘ちゃんはわたしの上に覆いかぶさるように、じりじりと距離を詰めてくる。そうしてやんわりと押し倒されたわたしは、それでもただじっと勘ちゃんの大きな目を覗き込むだけ。そこに写る自分を探すだけ。


「可愛い可愛い、可愛い名前。いくら言っても足りないくらい、愛してる。だあいすき。いつも言ってるけど、おれにとって、名前がいない世界は空気のない世界みたいなものなんだよ。おれは名前がいないと生きていけないんだ。ねえ、名前、わかる?名前がここから出ていくってことは、おれを殺す、ってことなんだよ。名前はおれを殺してでも、ここを出たい?無理やり閉じ込めていることは、本当に申し訳ないと思っているよ。でもね、名前がおれのそばにいてくれないと、おれ、死んじゃうんだ。それでも、ここを出たい?おれのこと、殺したいほど嫌いになっちゃった?もしそうなら言って、名前」
「……かん、ちゃん」
「優しい名前はそんなことできないよね?そうでしょ?だって名前、おれのこと、あいしてるもんね?」


 ふんわり、と微笑む勘ちゃんは、綺麗な指先でわたしの頬を撫でる。そして、前髪をくしゃり、と撫でて、露わになった額に口づけを落とす。思わず、ぎゅ、と目を閉じると、勘ちゃんが笑う声が降ってきて、強張っていた腕を引かれ、体を起こされる。そしてまた抱き締められて、わたしは、は、と息を吐く。わたしを落ち着かせようとしているのだろう、勘ちゃんの手がわたしの背中を優しく撫でる。心臓の鼓動が痛い。いたい。


「ここにいれば、名前が怖いものぜーんぶ、おれがやっつけてあげるからね」


 甘い甘い言葉に体を強張らせたわたしの動きに合わせ、わたしの足につながった足枷が音をたてる。がちゃ、がちゃ。その音を満足そうに聞き、うっとりとした顔でわたしを見下ろす勘ちゃんに、わたしはまた、絶望を見た。
 世界で一番怖いものに守られているわたしに、怖いものなんて何一つないというのに。









120727

びんさまへ!
10000hit企画に参加していただきありがとうございました^^*
尾浜と久々知で甘くて円満なヤンデレトライアングルということでしたが、いつのまにか久々知がフェードアウトしていました、爆
リクエストに沿うことができず、本当に申し訳ありません(´;ω;`)
あ、あと一応勘ちゃんは大学生設定です!
少しでもお気に召していただければ幸いです。
素敵なリクエスト、ありがとうございました!



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