10000打御礼! | ナノ


 貴方だけが知っている



「お前は、本当に馬鹿だ」


 感情を押し殺そうとして、低く呻くように声を漏らした土井先生に、私は小さく謝ることしかできなかった。身じろぐたびにずきりと痛む脇腹に舌打ちをしたい気分だった。土井先生の顔を真っ直ぐ見ることもできず、布団の上に落ちている包帯だらけの両の手を眺めて、私は自嘲的な笑みをこぼした。暗く、静かな部屋に、土井先生の静かな声が落ちていく。叱られる。こんな怪我をして帰ってきて、約束も守れない私に、土井先生はいつか呆れてしまうだろう。


「一度として、名前は私との約束を守ったことがないな」
「…はは、何も言い返せません」
「本当に、手のかかる子だ」


 ふいに土井先生が私の頭を撫でた。びくっ、と心臓が跳ねる。弾かれたように顔を上げると、土井先生が優しく笑っていた。ああ、どうして。じわり、と浮かんだ感情がそのまま涙になって溢れ出す。一度零れた感情を止める方法を私は知らない。両の目を隠すように手で覆う。噛み締めた唇の隙間から嗚咽が漏れる。空いている手を土井先生が握ってくれて、私はますます涙が止まらなくなった。嗚咽の合間に、土井先生の優しい声がする。


「怖かっただろう、苦しかっただろう?本当につらい思いをさせてしまった。すまない」
「あな、たが、あやまる、必要は、」
「あるんだよ。私は名前を守るなんて口先ばかりで、つらい思いをさせてばかりだ」
「っ、そんな、!」
「お前が優しいことは知っている。でも、それは他人にしか向かない」
「………」
「名前、どうせお前は朝になれば他人を想い、他人のために笑うのだろう?誰も悲しまないように、笑うのだろう?だから、今だけは自分のために泣いてくれ」


 ここには私しかしないから。
 土井先生が笑う。するり、と抱き寄せられて、土井先生の腕が背中に回る。私は土井先生の胸に顔を埋め、土井先生の寝巻を握り締めた。痛む傷など、どうでもいい。涙が土井先生の寝巻に吸い込まれていく。言葉にならない感情を、すべて吐き出すように。私の唯一の、絶対の場所に溺れるように。
 怖かった。苦しかった。生きた心地なんて、全くしなかった。どこからやってくるかわからない敵襲に脅え、まともに眠る事はできず、常に気配を探り、気を張り詰めて、ただひたすら学園に戻ることだけを考えていた。このまま死んでもいい、とは一瞬も思わなかった。生きたいと、まだ生きていたいと、強く強く願って、そうして学園が見えたとき、私の体は悲鳴を上げた。気が緩んだせいかもしれない。それだけ私はこの場所に依存している、ということなのだろう。だから、だから、私はこの場所を守りたい。


「生きて帰ってきてくれて、本当によかった」


 貴方の笑顔を守るために。










120726

まるさまへ!
10000hit企画に参加していただきありがとうございました^^*
このお話は溶けたて本編でいうと、任務から帰ってきて主人公が目を覚ました直後くらいのつもりで書きました。物凄くたのしかった!爆
少しでもお気に召していただれば幸いです。
素敵なリクエスト、ありがとうございました!



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