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 憂鬱症候群



わたしは困っている。


「名前、こっちを向いておくれ」
「………」
「ああ、やっぱり、名前には赤がよく似合う」


 ふわり、と蕩けるような笑みを浮かべ、わたしの髪を撫でる鉢屋三郎先輩に、わたしは静かにため息を吐く。わたしの髪には赤い簪があしらわれ、緩く結われた長い髪が背中に流れている。普段学園にいる時は高くひとつに結うことしかしないから、正直邪魔で仕方がない。けど、二つも上の先輩にそんなことは言えず、わたしは委員会の終わった学級委員長委員会室で、鉢屋先輩の好きなように髪をいじらせていた。実習の帰りに買ってきたという美しい簪に釣られた、というのが本音だけど。そろそろおなかもすいてきたし、友達が待っているから、できればさっさとお暇したい。そう思いつつ、わたしは鉢屋先輩に視線を投げると、嬉しそうに細められた鉢屋先輩の視線と絡み、するりと頬を撫でられる。そのまま滑り落ちた手で顎を掬われ、わたしは思わず息を飲んだ。


「…このまま閉じ込めてしまいたいなぁ」
「あら、御冗談を」
「冗談なんかじゃない。名前、私はお前を、」
「今すぐ私の名前から離れろ、鉢屋」


 す、と音もなく現れた男が、鉢屋先輩の手を払い落とす。そしてわたしを背中に押しやり、わたしと鉢屋先輩の間に入って来た。その後ろ姿にわたしはまたもやため息を吐いた。
 わたしには三つ離れた兄がいる。それがこの立花仙蔵だ。成績優秀、冷静沈着、眉目秀麗と三拍子揃った自慢の兄であることは否定しないけど、それとこれとは話が別。兄はわたしを大切にしすぎる。それは、大らかで危機感のない両親に似て、わたしに危機感がなく、いつもぼんやりとしているから目を離せないからだ、と兄は言う。兄さまは心配性だ。わたしの成績が麗しくないことに頭を抱えてくださったり、実習で少し怪我しただけで泣きそうになったり、普段の兄さまの姿からは考えられないような行動を平気でする。それと同じような行動をしてくださるのが、鉢屋先輩なのだけど。同族嫌悪というのだろうか、二人はとにかく仲が悪い。今もばちばちと火花を飛ばしている。ぴりぴりとする雰囲気に変わった部屋の中で、わたしはもう一度ため息を吐く。ああ、癖になってしまいそう。


「こんなところまでわざわざやってくるとは、相当お暇なんですね、立花先輩」
「貴様などに名前を渡すものか。委員会はとっくに終わっているのだろう。同じ委員会だからといって、あまり調子に乗るな」
「兄さまは心配し過ぎよ」
「名前は、無防備過ぎる」


 鉢屋先輩の不機嫌そうな声に、兄さまも不機嫌そうな声を返す。口をはさんだわたしに、兄さまは呆れたような顔で振り返って、ため息を漏らす。そして、わたしの髪にあしらわれた簪に怪訝な顔をした。兄さまの向こう側で鉢屋先輩がにんまりと笑う姿が見えて、ああ、と嘆く。面倒事は嫌いなのに。


「名前、その簪、今度の実習で使ってくれないか」
「あ、でも、この前兄さまからも新しい簪をいただいたので、それを使おうかと。だから、ごめんなさい、鉢屋先輩。また次の機会に使わせていただきます」
「ふん、残念だったな、鉢屋。名前は貴様より私を選ぶそうだ」
「だって兄さま、すぐに拗ねるじゃない」
「…名前、私のこと嫌い?」
「えっ、好きですよ」
「名前、名前、私は?」
「…兄さまももちろん好きよ」


 わたしの一言で一喜一憂する、天才二人。嬉しそうに唇を噛み締めている鉢屋先輩と我が兄に、わたしは本日何度目かのため息を吐いた。
 わたし、この二人を懐柔できてるんだから、もっと成績良くしてくれませんか、山本シナ先生。









120720

朝霧さまへ!
10000hit企画に参加していただき、本当にありがとうございました^^*
素敵なリクエストにうはうはしたにも関わらず、うまくまとめきれず、無念極まりないです(´・ω・`)
もっと鉢屋VS仙蔵さん要素を入れたかった…。
少しでもお気に召していただければ幸いです!
ありがとうございました◎




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