願わくは、
この学び舎を卒業する前に、わたしたちは最後の実習に出る。それが終われば、六年という長い月日を過ごしたこの学び舎を後にする。いとしい後輩たちを残して。
「その実習ってやっぱり難しいんですか」
「うーん、卒業前の最後の実習だからねえ、それなりに難しいんじゃないかなあ」
「…怪我、とか」
「色の実習だから、そんな大怪我はしないと思うよ」
「色…」
闇夜にぽかりと浮いた月の灯りに照らされて、八左が悲しそうな顔をする。わたしはそれに気づかないふりをして、夜空を見上げる。今日も酷く綺麗な星が煌めいていた。わたしと八左が会うのは、いつもこの星空の下だった。
「仕方がないよ、わたしはくのいちになるんだもの」
「…わかってます」
「ごめんね、八左。わたしは八左を悲しませてばかりだ」
「そんなことないです!名前先輩、俺は、っ!」
「う、わっ」
八左が突然わたしの腕を引く。はちの腕に包まれて、藍色の忍装束に顔を埋めれば、八左の匂いがして、鼻の奥がつんとする。やだなあ、だから嫌なのに。耳元で聞こえる八左の声が震えている。それがどんなにわたしの心を揺らしているか、八左は知らない。
「俺、名前先輩がこの世で一等すきです」
「…うん」
「だれにも渡したくないし、卒業なんてしてほしくない。ずっと一緒にいたい」
「うん」
「名前先輩はずるい、です。縋ってくれたら、攫ってでも離さないのに」
「八左、ごめんね、すきだよ、だいすき」
「…もっと、言ってください、名前先輩」
すりすりと動物のようにすり寄って来た八左の首に腕を回し、ぎゅう、と抱きしめる。すき、と繰り返して、わたしは溢れそうな涙を抑え込むために、八左の肩に顔を埋めた。
甘い言葉は、とても魅力的だ。何年もかけて決心した決意を思わず崩したくなる。わたしだって、卒業しても八左と一緒にいたい。だけど、だけど、駄目なのだ。卒業した瞬間から、わたしはくのいちになる。過去も感情も何もかもを捨てて、光とは真逆の、影の世で生きていかなければならなくってしまう。もし、次に八左に会えたとしても、今までのようにはいかないことを、わたしは知っている。わたしは八左の言うとおり、ずるいから、自分の感情を抑え込んで、大人になったふりをする。
「八左、すき、だいすき、君をおいていくわたしを許してね」
「許せるわけ、ないじゃないですか。名前先輩、知っていますか。俺、すっごくしつこいんです」
「ふふ、うん、知ってる」
「だから、覚悟していてください」
いくら影に埋もれようと、絶対に見つけてみせますから。
八左がにやり、と笑う。その獣のような眼差しに、ぞくりと背筋が震える。いつもと同じ、噛みつくような口吸いにまぎれて、わたしはそっと涙を流した。八左を抱く腕に力を込めれば、それに応えるように八左がわたしをぎゅ、と抱きしめてくれる。
このあたたかさも、この恋も、全てを置いて、わたしはもうすぐこの学び舎を去る。
願わくば、君と二度と出会いませんように。
120714
葉津さまへ!
10000hit企画に参加していただき、本当にありがとうございました^^*
なんだかしんみりしたお話になっていまい、申し訳ありません。
しかもなんていう似非竹谷…orz
ぐだぐだしてしまいましたが、少しでもお気に召していただければ幸いです。