07



「なまえっ!」


 ドアを開けた勘ちゃんを押し退け、中なら飛び出してきたのは雷蔵くんだった。飛びついて来た雷蔵くんを受け止めることなんかできるはずもなく、そのまま後ろにいたハチ先輩を巻き込んでひっくり返った。きらっきらとした笑顔でわたしを見下ろしている雷蔵くんのおなかにパンチを喰らわせたのは言うまでもない。


「いきなりパンチしてくるなんてひどい」
「いきなり抱きついてきて押し倒す方が明らかにひどいでしょ」
「…だってなまえに会うの久しぶりだったから」


 尾浜のベッドに座り、クッションを抱えているわたしを、床に正座している雷蔵くんが上目遣いで見上げる。「ごめんなさい」と謝る雷蔵くんを見て、「飼い主に怒られる犬みてえ!」と言って笑っているのはハチ先輩。尾浜は冷蔵庫に買って来たものをしまっている。雷蔵くんは今日尾浜の家にお泊まりらしい。明日休みだしね。だからわたしも来てるんだけどね。むしろバイト先にこの2人が来てなかったら来なかったけどね。雷蔵くんはいつもの制服ではなく、細身のデニムにシャツにカーディガンといったシンプルな格好をしている。見慣れないせいで、落ち着かない。イケメンってずるい。ビールの缶とコップをそれぞれ持った尾浜が「まあまあ」と声をかけてきた。


「なまえ、ビール飲む?」
「飲まない。チューハイって冷蔵庫?」
「うん。ハチ、そこ空けて」
「はいよー」
「雷蔵くん、何飲む?」
「あ、ぼくが行くよ。なまえ、何味がすき?」
「んー、桃のやつ」


 雷蔵くんが、了解、と笑って立ち上がる。足、細い。雷蔵くんの後ろ姿をぼんやりと眺めたあと、わたしはベッドから降りて、テーブルの空いているところに座る。先に始めている尾浜とハチ先輩を横目に、山もりのお菓子やおつまみに手を伸ばした。バイト終わって真っ直ぐ来たから、ご飯を食べてない。でもお菓子でおなかいっぱいにするのはちょっとね、太るよね。店長、早く来ないかな。店長のおいしいご飯、早くください。隣にいたハチ先輩に背中を預けながら、テレビを見ながらお菓子を食べていると、キッチンの方から雷蔵くんが戻ってくる。わたしの方を見るなり眉をひそめて、拗ねたような顔になる。


「ハチ、場所代わって」
「ああ、いいぜ」
「え、背もたれ…」
「お前、いつも思うけど先輩を背もたれ扱いするなよ」
「ぼくに寄りかかっていいよ、なまえ」
「雷蔵くん細すぎて、どこに寄りかかったりいいかわかんない」
「大丈夫だよ、ほら」


 ハチ先輩に代わってわたしの隣に座った雷蔵くんが、手に持っていた缶とコップを置いて、おもむろにわたしの頭を引き寄せた。雷蔵くんの肩に頭を預けるような感じになって、わたしは慌てて起き上がる。違う、これは違うでしょ。首を傾げる雷蔵くんに「これは違う気がする」と言っても、「でもハチに寄りかかるのはだめ」と言われただけだった。えええ。まあ、いいか、とわたしはテーブルに置いてあった缶に手を伸ばした。持ってきてくれた雷蔵くんにお礼を言って、プルタブを開ければ甘い桃の香りがふわりと広がる。少し苦い桃の味。


「雷蔵くんって高校2年生だっけ?」
「うん、そうだよ」
「雷蔵くんくらい格好良かったら、すごくモテるでしょ。告白されたりしないの?」
「されるけど、でも、ぼくはなまえがいいから」
「ひゅーひゅー!」
「尾浜、うるさい、ださい」
「雷蔵はいつもモテるくせに、好きな人がいるから、って全部断るんだぜ」
「え、じゃあ結婚とかしたことないの?」
「なまえ以外と結婚したくないもん」
「大勢の人間を一気に敵にしたような恐怖が押し寄せてきました、わたし」
「ご愁傷さまー」
「尾浜はいつか女の子に後ろから刺されてしまえ」


 なんでだよ!、と言って尾浜がわたしの頭に手を伸ばし、抵抗も空しく髪をぐしゃぐしゃに撫でまわされてしまった。けらけらと笑う尾浜は少し酔い始めているのかもしれない。お酒弱いくせに、みんなを盛り上げるために飲んだり飲まされたりして、いつも最後にはべろべろに酔っている尾浜の姿を思い出す。今日は尾浜がめんどくさくなる前に帰ろう、うん。
 ぼさぼさになった髪を適当に直して、チューハイに口をつける。雷蔵くんが髪を手で梳いてくれている。ごめん、ありがとう。テーブルの上に顎を乗せて、テレビを眺めていると、ピンポーン、とインターホンが鳴った。迎えに行った尾浜とともに入ってきたのは、大量のサンドウィッチと特製のお豆腐デザートを持った店長だった。神様!








130127

ヤンデレ要素消えてきたよ…?

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