05



「すみませーん」
「はい、只今ー」


 ぱたぱたと小走りでキッチンに入り、今下げてきたお皿をカウンターにいたスタッフさんに預け、再びホールに戻る。笑顔を張り付け、お客さんの対応をして、空いたテーブルを片づけながら、入ってきた新しいお客さんにいらっしゃいませ、と笑顔を向ける。もう少しでバイトも終わる。がんばれわたし。


「すみません、注文いいですか」
「はい、ご注文お伺い、し、ます…」


 背後から掛けられた声に笑顔で対応したら、そこには制服姿の雷蔵くんがいた。にこにこと嬉しそうにわたしを見てくるその姿に、思わず笑顔が引きつる。ここ最近雷蔵くんに遭遇していなかったから油断した。このダメージはでかい。でも今はバイト中。切り替えろわたし。今日の雷蔵くんはいきなり抱きついたりしてこないだけまだましだ。


「失礼致しました。ご注文お伺いします」
「ねえなまえ、何時にバイト終わるの?」
「申し訳ございませんが、私的な質問にはお答えできません」
「待ってるから、一緒に帰ろう」
「ご注文、お決まりになりましたらお声かけください」
「あ、なまえ、待って」


 背中を向けたわたしの制服を引っ張る雷蔵くんに、わたしは完全に引きつった笑顔を向ける。雷蔵くんは悲しそうに眉を下げ、今にも泣き出してしまいそうな顔をしている。おおう、泣かれたら困るのはわたしだ。この前のハチ先輩みたいに、店長に怒られたくない。仕方なく、本当に仕方なくわたしは雷蔵くんに向き直り、注文を取るふりをする。途端に顔をほころばせ、きらきらとした笑顔を浮かべる雷蔵くんの頭に犬の耳が見えた気がした。


「なまえ、すき!」
「うん、はい、ありがとう。注文はいかがいたしますか」
「なまえ、バイト何時に終わるの?夜ご飯一緒に食べない?」
「え、うーん」
「もしかして、用事でもあるの?」
「いや、ないけど、」
「じゃあ行こう。ね、なまえ、ぼく、なまえと一緒にいたいんだ」


 照れたようにはにかみ笑顔でわたしを見上げるイケメンに、ときめかないはずがない。今日の雷蔵くんはわりと普通だし、たまにはいいか。と、まあ、わたしも案外絆されているわけで、ここは雷蔵くんとわたしの仲を必死に取り持とうとしているハチ先輩に免じて、その誘いに乗って上げることにする。偉そう。わたし偉そう。
 ふう、とため息を吐いたわたしを不安そうに見上げる雷蔵くんに、メニュー表を指し示す。慌ててメニュー表を開いた雷蔵くんに、わたしは注文をとるふりをしながら、雷蔵くんに声をかける。そろそろ戻らないとまずい。店長に怒られたくない。


「あと30分でバイト終わるから、何か飲んで待ってて」
「えっ!」
「声大きい。あ、決められない人なんだっけ。じゃあ、わたしのおすすめでいい?」
「うん!なまえ、すき!」
「はいはいありがとう。じゃあ、また後でね」


 ひらひらと手を振ってわたしは急いでカウンターに戻る。そこには店長がいて、わたしを見てその美しい顔で微笑んだ。うわああなにそれご馳走さまです。その美しさで30手前とか詐欺だ。ドリンクはホール担当が作ることになっているから、わたしは雷蔵くんの飲み物を作っていると、店長が売上表片手にわたしに近づいてきた。首を傾げたわたしに、店長は少しだけ申し訳なさそうな顔をした。


「店長、どうしたんですか。今日、お豆腐デザートいっぱい出てますよ?」
「いや、違うんだ。なんか騙してるみたいで気分が悪いから言っておくけど、おれも雷蔵やはっちゃんと同じだから」
「………ええっ!?」
「今まで黙っててごめん。タイミング逃しちゃって、言いそびれてたのだ。あいつらがみょうじに迷惑をかけるようなら、いつでも相談乗るからな」


 そう言って、売上表で軽くわたしの頭を叩いていった久々知店長の後ろ姿を、わたしはぽかんと、それはもうあほ面で見つめるしかなかった。なんでこのタイミングなんだ、店長。






120913

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