04



 わたしという人間は昔から都合の悪いことは忘れ、毎日楽しくをモットーに生きてきた。だからこの前食堂で雷蔵くんと遭遇してしまった事件のせいで、全然知らない人にまで、「あの子の彼氏はイケメンの高校生」と言われ、顔を知られるようになってしまったとしても、わたしにはまったく関係ないのである。だって、事実じゃないし、ただの噂だし、そう言われているからって、わたしの生活に変わりはないし。わたしの周りの友達がそれはだたの噂だと知ってくれていればそれでいい。うっかりばらした尾浜とも相変わらず仲良くやっている。そのことに何故か相当落ち込んでいるらしいハチ先輩の隣で、わたしはぬるくなったミルクティーを飲んでいた。


「ハチ先輩、そんなに落ち込まないでくださいよー」
「お前が原因なんだよ自覚してんだろ」
「もちろん」
「胸を張るな」


 ハチ先輩はこれ見よがしにため息を吐いた。その隣でわたしは大きな窓から見える空に視線を移した。使われていない広い教室にはわたしとハチ先輩以外にもちらほらと人がいて、音楽を聞いたり、パンを食べたりと、のんびりとした時間を過ごしている。あと1時間もすればこの教室にも人が溢れかえり、次の授業が始まるのだ。みんなはそれを待っているのかもしれない。かく言うわたしも、次の授業までの時間を潰している一人だ。ハチ先輩も次の授業を取っているらしい。去年落としたんだって。今まで受けてること知らなかった。
 隣から突き刺さる視線に負け、わたしは空から隣のハチ先輩に視線を移す。机の上で組んだ腕に頭を乗せ、こちらを見上げてくるハチ先輩は、おもちゃを取られた子どものように拗ねている。こういうときのハチ先輩は可愛い。思わず頭をなでたくなる。


「ハチ先輩ってわたしに相手されないと、いつもそういう顔しますよね」
「そういう顔ってどんな顔?」
「おもちゃを取られた子どもみたいな顔?」
「じゃあ、お前はおれのおもちゃってことか」
「あ、そうか。ハチ先輩のおもちゃとか嫌過ぎるので撤回します」
「なんだよそれ」


 眉間にきゅっと皺を寄せておかしそうに笑うハチ先輩に、わたしも笑顔をこぼす。1週間避けて避けて避けまくっていたなんて嘘みたいに。てか、なんで避けてたんだろう。今思えば不思議な話だ。たぶん、たぶんだけど、高校時代から仲の良い先輩として慕っていたハチ先輩が、突然知らない人間になってしまったような感じがして、それが裏切られた、みたいな?うーん、言葉にするのは難しいけど、尾浜のときとは全然違う感覚だったことだけははっきりしている。よく、わからないけど。でも実際ハチ先輩は今までと何も変わらないわけで、つまりわたしの杞憂に過ぎないってやつだ。


「ハチ先輩、」
「んー?」
「今まで避けててごめんなさい」
「いや、まあ、仕方ないよな、おれも突然でごめん。雷蔵がなまえに会えたことを本当に喜んでいたから、おれも浮かれてて、なまえのことまで考えてなかった」
「そんな、ハチ先輩のせいじゃないです。わたしが勝手に避けていただけで、ハチ先輩は何にも悪くないです」
「いいや、おれも悪いよ。だから、これでおあいこな!」


 ハチ先輩は体を起こして、やけに優しい顔でわたしの頭をがしがしと撫でて、にかっ、と笑った。わたしは「やめてくださーい」なんて言いつつ、その手を振り払ったりはしない。心地好いのだ、この大きな手が。
 これはハチ先輩の癖みたいなもので、わたしはこの笑顔に今まで何度も助けられてきた。落ち込んでいる人を見れば放っておけない性格のハチ先輩は、フツメンのくせに後輩からめちゃくちゃモテる。女の子って、弱っているところを格好良く助けてくれる人に弱いじゃん?だから、モテる。大学生になってもそれは同じで、サークルで知り合ったわたしの友達はみんな口をそろえて「竹谷先輩格好良い!」と言う。どこがだ。


「ハチ先輩って、ずるいですよね」
「はあ、何が?」
「ひみつー」
「なんだよ、それ」


 そう言って笑うだけで、必要以上に立ち入ってこないこの人の距離感は、案外好きだったりする。









120630

竹谷先輩みたいな先輩ほしい。もしくはそうなりたい。
雷蔵さん出せなくて残念。

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