03



 人が溢れかえる食堂の端っこでぼんやりとパソコンを起動させていたわたしは、突然背後から伸びてきた腕に声にならない悲鳴を上げた。自分の首の前で交差する腕のせいで後ろを振り向けないけど、こんなことしてくるのはひとりしかいない。


「尾浜ぁ、心臓に悪いからやめてって何度言ったら、」
「え、」
「…え?」


 返ってきた声は尾浜のものではなかった。腕が緩んだ隙に、おそるおそる後ろを振り返ると、そこにはまん丸の目でこちらを見る、雷蔵くんが。あ、やべ。そう思った瞬間、雷蔵くんはぼろぼろと泣き出してしまった。


「ねえなまえ、尾浜って誰?僕以外になまえに触る人がいるの?いやだ、やだやだ、なまえは僕のなのに、っ」
「ごごごごめんね雷蔵くん!尾浜っていうのはサークルの友達で、セクハラ癖があって、だから別に特別な関係なんかじゃ、あ、あれ、わたしなんで浮気がばれた夫みたいな、」
「あ、みょうじが高校生泣かせてるー!なにやってんだ、よ、って、雷蔵…?」
「え、勘ちゃん…?」


 いつものように楽しそうなセクハラ魔尾浜がやって来たと思ったら、ぽかんと見つめあった後、一拍置いて、「わああ何年ぶり!?」、なんて前にも一度見たことあるような光景が目の前で繰り広げられた。そしてわたしはあの日、ハチ先輩と雷蔵くんから説明された奇想天外な話を思い出して、重い溜息を吐いた。

 「前世で俺たちは忍者を目指す学園に通う同級生だったんだぜ!」という意味のわからない話を聞かされたのは、もう一週間も前の話だ。話を聞き終わってもまったく理解できなかったわたしは適当に話を流し、後をついてこようとする雷蔵くんから逃げながら帰宅し、それからの一週間、ハチ先輩を避けて避けて避けてきた。雷蔵くん、と呼ばないと襲うと笑顔で脅されてからそう呼ぶことになった彼は高校2年生だということで、普通に生活していたら会わないし。これからも平和な毎日が訪れると思っていたのに、はあ。何故こうも雷蔵くんはわたしの平和を壊すんだ。イケメンだからって何でも許されるわけじゃないんだぞ。


「いやー、でも雷蔵、なまえに会えてよかったねー。転生して雷蔵に会うたび、なまえがいないって泣いて生きてたもんなー」
「だって、なまえ以外の人間と生きるつもりもないし」
「はは、相変わらずなまえ一筋なんだね」
「………ん?」
「ん?なまえどうしたの?」
「尾浜はなにをナチュラルにわたしを呼び捨てにしているのでしょうか」
「まあ、前世でもそう呼んでいたし、あ、おれとなまえは前に結婚したこともあるよ!」
「えっ!?」
「…勘ちゃん、それ、ほんと?」
「雷蔵に会った時のためになまえのこと変な虫から守ってたら、なーんか愛着が湧いちゃってさあ、ごめんね?」
「……なまえに近づかないで、勘ちゃん」
「ぐぐぐ、雷蔵くん苦しい…!」


 いつもにこにこ尾浜とバチバチ火花を散らす雷蔵くんに挟まれ、わたしは雷蔵くんの腕によって首を絞められていた。弱弱しいわたしの声に雷蔵くんは「わああなまえごめんね!」と慌てて腕を離した。優しく、それでもぎゅうぎゅうと抱きしめてくる雷蔵くんに、わたしは再びため息を吐いた。ふと周りを見れば、突き刺さる好奇の目。最近こんなんばっかりだよちくしょー。尾浜も雷蔵くんも顔はいいからなあ。ハチ先輩だけはフツメンだよね、なんか安心する、逆に。


「あれ、そういえば、雷蔵くん、何しに来たの?」
「今日、大学見学なんだ」
「じゃあ、今ってホールで講演会とかしてるはずじゃないの?」
「そんなことより、なまえに会いたかったから、ね」


 後ろからわたしの顔を覗き込み、ふわりと笑った雷蔵くんに思わず心臓が跳ねる。おそらく真っ赤になっている顔を雷蔵くんがじっと見つめてくるから、わたしの体温は余計に上がる。くそ、イケメンずるいわ。顔をそむけようにも雷蔵くんの腕のせいで動けない。視線だけ彷徨わせて、尾浜に視線で助けを求める。が、それは雷蔵くんの手で遮られ、びっくりして肩を揺らしたら、次の瞬間には耳元で熱い息、が、


「そんな可愛い顔、僕以外に見せちゃだめ」


 わたくしの本日二度目の声にならない悲鳴は、周りの女子の声で見事にかき消されるのでありました。あ、声になってないから当たり前か。とにかくわたしは今すぐ家に帰りたいです。








120606


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