02



「なまえ、ごめんな!」


 いつものようににっこりと笑っているハチ先輩を、わたしは思いっきり睨みつける。どうせ鈍感なハチ先輩を気づかない。ハチ先輩の隣には、何故かうっとりとした顔でわたしを見つめる男がひとり。先日バイト先でわたしに突然抱きついてきたあのイケメンだ。せっかく忘れることにしたにもかかわらず、なぜまたこの男と対面しなければならないのだろう。不愉快だ。ちなみにわたしは彼の目がガチ過ぎて見れていない。めっちゃこわい。見過ぎでしょ。おいハチ先輩、笑ってないでどうにかしろよ、そのぼさぼさの髪の毛引きちぎるぞ!


「とりあえず竹谷しね」
「いろいろつっこみたいがが、とりあえず乾杯するか!」
「わたしはそれこそつっこみたいです」
「なまえ、なまえ、ハチばっかり見てないで、ぼくのことも見てよ」
「ハチ先輩お願いだから今すぐこの状況を説明してください!」


 わたしは思わずテーブルに手を叩きつける。がたんっ、と揺れたテーブルに、わたしたちの料理を運んできた店員さんが顔をしかめた。わたしはしゅんと手を下ろし、目の前に運ばれてきた豚しゃぶ定食を見つめる。「まあまあ」と宥めるハチ先輩の足をテーブルの下で蹴る。苦笑いするハチ先輩から視線をそらし、わたしは背もたれに体を預けて、溜息をひとつ吐いた。
 飯奢ってやるよ!、とわたしを誘ったハチ先輩にホイホイとついてきたら、これだ。男の顔を見た途端、逃げ出そうとしたわたしの首根っこを掴んで、椅子に座らせたハチ先輩を睨みつけたり、足を蹴ってみたりしてみても、彼の前ではまったく意味を成さなず、わたしはここに来てからずっと、斜め前に座る男からの熱い視線を受け止めている。はっきり言おう、気分は最低最悪だ。


「なまえ、お箸どうぞ」
「…ありがとう、ございます」
「なんで敬語なんだよ。雷蔵は高校生だから、なまえより年下だぞ」
「…だって、知らない人だし」
「…本当に?」
「え、どこかで会いましたっけ」
「、っ」


 おもむろにぼろぼろと泣き出した男をハチ先輩はわたわたと慰める。わたしの記憶の中には存在しないこの男は、いったいわたしの何だというのだろう。そして、年下らしいこの人と、わたしのひとつ年上のハチ先輩は、いったいどこで知り合ったのだろう。意味がわからない。わたしの一言で泣く意味も、ハチ先輩がわたしを責めるような目で見る意味も、全然わからない。


「…説明してくれなきゃ、わかることもわかりません」
「そうだな、今から全部説明するから、な、それでいいか、雷蔵」
「うん、ごめんね、ハチ」
「いいよ、俺たち、友達だろ!」
「ハチ…!」


 目の前の青春ごっこを無視し、わたしはいただきます、と手を合わせ、目の前の豚しゃぶ定食を食べ始める。わたしに倣うように二人も手を合わせ、それぞれの料理を食べ始めた。常連のハチ先輩曰く、このお店の料理は全てがおいしいらしい。確かに、ハチ先輩につれてきてもらうたびに違うものを頼んでいるけど、外れたことはない。まあ、だからって勝手にこの人の分も注文するのはどうかと思うけど、本人が気にしていないみたいだし、別にいいか。さっきまでめそめそと泣いていた彼は、幸せそうに焼き魚定食を食べている。わたしのせいで泣かせてしまったことを少ーしだけ気にしていたわたしは、ほっと胸を撫で下ろした。


「ぼく、不破雷蔵っていうんだ」
「へえ、どうも」
「…ほんとに、覚えてないの?」
「あーあー、泣くな雷蔵」
「…あの、本当に、どこかで会いましたっけ?」


 なんだか不破、さん?が可哀想になってきた。子どもみたいに涙腺ゆるゆるな不破さんに同情し始めているわたしは、恐る恐る不破さんに聞いてみる。不破さんは大きな目をさらに大きく開いて、またぼろぼろと泣き出してしまう。ちなみに無駄にイケメンな彼は無駄に視線を集めてしまうので、さっきから好機の目が突き刺さっている。こそこそとわたしの悪口言ってんの聞こえてるんだぞ、おい。


「なまえ、なまえなまえ、好きだよ」
「えっ、」
「僕、大好きななまえにもう一度会いたくて何度も何度も生まれ変わって、ずっとずっと探し続けてきたんだよ。600年間も、ずっと。なのに何度生まれ変わってもなまえはどこにもいなくて、やっと、やっと見つけたんだ、僕のなまえ、なまえなまえなまえ、好きだよ、愛してる。今を逃したら、次に出会えるのはまた何百年後かもしれない。そんなのいやだ、もういやだ、なまえがいない世界なんて生きている意味がない。きっとね、神様がやっと僕を許してくれたんだよ。僕の罪は、600年経って、やっと許されたんだ。だから、だから、ねえ、なまえ、なまえのこと、僕の命より大切にするから、僕とずぅっと一緒にいて」


 突然告白してきたかと思ったら、不破さんはやけに熱っぽい目でわたしを見つめ、抑揚のない声で話し出した。ハチ先輩もぽかんと口を開けている。正直に言おう、この人頭おかしいんじゃないの。なに、600年間とか生まれ変わるとか神様とか、え、電波?宗教?厨二病?わたし、そういうの無理なんだけど。そもそも、公衆の面前で、しかも初対面で抱きついてくるような男は無理、イケメンだからって全てが許されるわけじゃないんだぞ。彼的には初対面じゃないみたいだけど、わたしは初対面です。高校生で厨二病はそろそろやばいんじゃないかしら。
 わたしはテーブルに頭をくっつける勢いで頭を下げ、ごめんなさい、とお断りさせていただくことにした。


「わたし、付き合うなら厨二病は中2で卒業している人がいいです」
「ら、雷蔵は厨二病じゃなくて、えと、」
「ハチ先輩、さっきのを聞いて何も思わないんですか。わたし、厨二病の人をリアルで見たの初めてで激しく動揺しています」
「あー、いや、うーん、雷蔵が言っているのは嘘じゃなくて、あー」


 うんうんと頭を抱えているハチ先輩の隣で、不破さんはじっとわたしを見つめている。この人、わたしのこと見過ぎ。こわい。わたしは不破さんをいないものとして、止まっていた食事を再開する。さっさと食べて帰ろう。今日のこともなかったことにしてしまえばいいのだ。明日も学校からのバイト。週末だから、混むだろうなあ。
 あー、とか、うー、とか唸っていたハチ先輩は、ようやく何かを決心したらしく、わたしの名前を呼んだ。顔を上げれば、真剣な顔をしたハチ先輩、と、相変わらずわたしを見続けている不破さん。


「俺たちは、今からずっと前にも出会っているんだ」


 今からその話をしようと思う。
 わたしたちの周りのお客さんたちがドン引きしていく音が聞こえたような気がした。








120603

prev next


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -