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「なまえ、この本日のケーキってやつ頼んでいい?」
「え、たかっ…、はあ、しょうがないな」
「やったー」
「なんだその棒読み。この間みたいに演技しててよ、三郎くん」
「面倒だから却下」
「あーもー早く来て雷蔵くん。三郎くん全然可愛くない」
「飲み物も頼んでいい?」
「自重してください」


 態度のでかい三郎くんはわたしの言葉も気にせず、ケーキとアイスティーを頼んでいる。このやろう。私はアイスコーヒーを頼んで、ひとつため息をついた。三郎くんは「なまえお姉ちゃん、ありがとう」と無表情の棒読みで言った。いらっとした。
 そもそも、どうして三郎くんとともに雷蔵くんを待たねばならなくなったかというと、三郎くんがまた家の鍵を忘れたせいである。帰ろうとしていたわたしのところにやってきたのは尾浜と三郎くんで、その時点でなんか悪い予感がしていたわたしに、尾浜は三郎くんを押し付けて、爽やかにバイトに行きやがった。この前の演技をやめて生意気になった三郎くんの憎たらしいことこの上ない。見た目は子ども頭脳は大人どころか生き字引の小学生が、ひとりで雷蔵くんの高校に行けないわけないじゃんバーロー。というわたしの抵抗も空しく、仕方なく雷蔵くんの高校まで来たはいいけど、高校生たちの遠慮のない視線に耐えられず、近くにあったカフェで雷蔵くんを待つ作戦に変更した。高校生こわい。
 三郎くんの前に運ばれてきたケーキは、ベリー系のソースがかかったブラウニーで、お皿の端っこにフルーツがついていた。なにこれおいしそう。


「ねえねえ、ひとくちちょうだい」
「やだ」
「なんだと」
「ん、うまい」
「いちごでいいからちょうだいよ」
「仕方ないな」
「わあ、ありがとう三郎くん」
「棒読みやめろ」


 三郎くんはいちごだけでよかったのに、ついでにブラウニーもくれた。あらためてお礼を言いながらフォークを返すと、三郎くんは何事もなかったかのようにケーキを食べ始めた。こういうところを見ると、この子はやっぱり普通の小学生ではないんだなあ、と思う。小学3年生なんてあれでしょ、間接キスとかで盛り上がっちゃうお年頃でしょ。見てよこの落ち着き。この子もモテるんだろうな。末恐ろしい。心なしか嬉しそうな三郎くんを眺めながら、わたしは自分のアイスコーヒーに口をつける。ゆったりとした音楽が流れている店内は、大学生や社会人らしき人がちらほらいるだけで、窓ガラス1枚隔てて通り過ぎていく高校生たちの世界とはまったく違う空間が出来上がっている。三郎くんとの会話も特になく、行き交う高校生たちをぼんやりと眺めていると、三郎くんが「おい」と声をかけてきた。


「わたしの名前はおいではありません、なまえです」
「めんどくさい絡みするな。なまえ、お前、なんで雷蔵と付き合ってないんだよ」
「好きだとは言われたけど、付き合ってとは言われていないし」
「はあ?なんだそれ」
「雷蔵くんに聞いて」
「お前は雷蔵のことどう思ってる?」
「どうって、どうでもいいよ。あんまり興味ない」
「雷蔵はなまえのことを好きだという理由だけで生まれ変わっているんだぞ。それをどうでもいいって、それはあまりにも冷たいんじゃないか」
「だって、わたしのことじゃないじゃん」
「は、何が?」
「きみたちが言うなまえは600年前のなまえのことで、わたしのことじゃないでしょ」


 わたしの言葉に、三郎くんの動きが止まった。何か言いたげに口を開いて、何も言わずにまた閉じた三郎くんを見て、ああやっぱりね、と言いそうになって口を閉じた。グラスの周りについた水滴を指でなぞる。カランカラン、と昔ながらのベルが揺れて、新しいお客さんの来店を告げる音がいやに耳についた。図星をつかれて申し訳なさそうな顔をしている三郎くんに「なんてね、」とへらりと笑いかける。そんな顔させたかったわけじゃない。


「はい、この話はおしまい。ねえ、三郎くんは好きな子とかいないの?」
「…いないが、私はモテるぞ」
「うーわ、わたし、三郎くんの将来が心配。後ろから刺されたりしないでね」
「勘じゃないんだから、そんなヘマするわけないだろ」
「えっ、尾浜刺されたことあるの?ぷくく、ざまあ」
「実際は刺されそうになった、だがな」
「今もやばいと思うんだよね。尾浜、厄介そうな美人に手出し過ぎ」
「なまえは巻き込まれないように気をつけろよ」
「もちろん。あ、ちょっと三郎くん、見て、あの子の足すっごく綺麗なんだけど」
「なまえが言うとアウトだな」
「なんだと、…あ」


 窓の向こうに、こちらに向かって必死に走ってくる雷蔵くんを見つけた。「三郎くんやい、さっきの話は雷蔵くんに内緒ね」と視線を窓から離さずに言えば、「わかってる」と返ってきた。窓越しにわたしたちに気付いて、へにゃりと笑った雷蔵くんに手を振る。
 みんなに愛されている雷蔵くんを、わたしのせいで泣かせたくないとは思っているよ。







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