09



「なまえちゃんのイケメンストーカーの小さいのが来てる」


 バイトにやってきたわたしにかかった第一声に、わたしは「へ?」と口を開いた。スタッフさんの中では雷蔵くん=イケメンストーカーなので、つまり小さい雷蔵くんということなのだろうか。わたしと入れ替わりで帰るスタッフさん曰く、「小学生低学年くらいのが、4時くらいからずっといる」らしい。ちなみに今はもう6時になるところ。心配になって声をかけてみれば「だいじょうぶ」とそっけなくされるらしい。うん、なんか関わってはいけない気がする。どうしてこういう日に限って店長もハチ先輩もいないんだ…!とりあえずこの間無理やり交換させられた雷蔵くんのアドレスに「雷蔵くんって弟とかいますか」とメールをしておく。今日は委員会があるとか何とかで会いに行けない、っていう情報は毎朝届くおはようメールで手に入れている。そういえば初めてわたしからしたメールがこれってどうなんだ、と思いながら制服に着替え、髪を結び、キッチン組に挨拶してからホールに出ると、入れ違いでキッチンに入ろうとしたスタッフさんが「窓側の奥にいるよ」とこれまたいらない情報を与えられた。本当にいらない。


「なまえちゃんなまえちゃん、声かけてきたら?」
「嫌ですよ、わたし人見知りなんです」
「こんなときばっかりー」
「ほらほら、働きましょ」
「はあい」


 おもしろくなさそうに返事をしたスタッフさんを見送り、わたしはちらりと窓側の奥の方に視線を送る。そしたらなんとその小さな雷蔵くんらしき少年と目がばっちり合ってしまった。なんてこった。わたしは何事もなかったかのように目をそらし、入ってきたお客さんに「いらっしゃいませ」と営業スマイルを向けた。わたしは何も知らないから今のはただお客さんとたまたま目が合ってしまっただけですよ、はい。席の案内をして決まりの台詞を言って、下げるお皿がないか、帰るお客さんがいないか、と歩きながら周りを見渡すと、再びこちらをじっと見ている小さな目と目が合う。おおう、ガン見じゃないか…!わたしは何も知らないんだ!やめてくれ!心の中で叫びながら、にこ、と笑顔を作ってみる。少しだけ目を見開いた少年は、確かにスタッフさんが言うとおり雷蔵くんに似ていた。柔らかそうなほっぺがかわいい。だけど、わたしは雷蔵くんや尾浜で学んだのだ。見た目に騙されるな。これ、鉄則。すぐにさっきまでのむすっとした顔に戻った少年と同じように、わたしもいつものように仕事に戻る。ホールを歩き回ったり、キッチンに引っこんだりしている間も、気がつけば少年はわたしを見ている。ああ、あれかな、雷蔵くんが来れない代わりの監視役なのかもしれない。あらやだこわい。何も思いつかなかったことにして、お皿を持ってキッチンに引っこむと、お皿を洗っていたスタッフさんがわたしを見て首を傾げた。


「今日、イケメンストーカー来ないの?」
「ああ、今日は用事があって来れないそうですよ」
「ふうん。なんだかんだ仲良いのね」
「毎朝メールが届くだけですよ。メルマガ的な感じです」
「なまえちゃん、実はあの子のこと好きだったりしないの?」
「しませんねえ」
「でも嫌いじゃないんでしょ」
「嫌いになれるほど、知らないですもん」


 にっこり、と笑顔を向けて、お皿お願いしまーす、と流しの前にお皿を重ねれば、納得していなそうな顔をしつつも、はーい、と返ってきた。そしてホールに出た途端、待ち構えていたのは小さな雷蔵くんでした。おお、なんてこった。じっとわたしを見上げてくる少年を無視することもできず、わたしは腰を折って少年に目線まで目線を下げる。雷蔵くんのまん丸な目に比べたら少しきつめな目は、わたしからそらされることはない。わたしは営業スマイルを張り付けつつ、少年に「何かご用でしょうか」と話しかけた。子どもであれど、お客さんである。わたしってばバイトの鏡。


「みょうじなまえ、って、お前?」
「はい、そうですよ」
「雷蔵、知ってる?」
「知ってます」
「付き合ってるのか?」
「へ、」
「雷蔵と付き合ってる女って、お前?」
「付き合ってません」


 真顔できっぱりと否定すると少年はほっとした様子で、胸を撫でおろしていた。んん?なんでだ?まあ、いっか。切り替えたわたしは少年を席に案内する。伝票をちらりと見れば、夕方にジュースを頼んだきりだった。しかし、この子はいつまでここにいるつもりなのだろう。隣に置かれたランドセルを見る限り家にも帰っていないようだし、わたしは椅子に座る少年の隣にしゃがみ込み、下から少年の顔を覗き込む。不思議そうにこちらを見つめる少年に、にこ、と笑いかける。


「家に帰らなくていいんですか」
「…鍵なくして、親とかも帰ってくるの遅いんだ」
「え、ケータイとかは…」
「持ってない」
「ですよねー…、あ、そうだ、雷蔵くんって、お兄ちゃんか何か?」
「うん」
「じゃあわたしから連絡しておきますから、迎えに来てもらいましょう。それにおなかもすいてますよね。何が食べたいですか」
「でも、お金…」
「大丈夫。雷蔵くんに払わせますから」


 にっこりと笑ったわたしを見て、少年はひくっ、と口の端っこを引きつらせた。おっと、悪い顔をしてたかも。反省。まあ、別に雷蔵くんに払わせようなんてこれっぽっちも思っていない。冗談です。
 照れくさそうに、オムライス食べたい、と言った少年のためにキッチンに向かい、バイトリーダーに声をかけてから事務室に入る。自分の鞄からスマホを出してみると雷蔵くんからたくさん返信が返ってきていた。こわい。これは連絡を入れるまでもなく迎えに来てくれるかもしれない。一応、雷蔵くんの弟が鍵をなくして帰れないらしいので委員会とやらが終わりましたら迎えに来てください、とメールしておく。無駄に丁寧なのは仕様です。
 出来上がった美味しそうなオムライスをもぐもぐと頬張る少年が微笑ましい。小さい子かわいい。バイトリーダーさんがサービスでケーキも出してくれて、それもきらきらとした目で食べている少年は、いつの間にやらスタッフさんたちの癒しとなっていた。かわいいもんね、仕方ない。8時前になってようやく、泣きそうな顔で駆け込んできた雷蔵くんにはジュース代だけを払ってもらって、暇なスタッフさんと共に手を振って見送った。
 このまま雷蔵くんに似ないことを心から願います。








130224


prev next


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -