08



「なまえー、なまえなまえー」
「重い、離れろ、寝ろ、ばか尾浜、呪われろ」
「やだあ」
「可愛くない。ちょっと、見てないで助けてくださいよ!」
「若いっていいな」
「だよなー」
「もう嫌だこの人たち」


 酔っぱらった尾浜の腕がおなかに巻きつこうとするのを必死に押さえているわたしは、もう泣き出しそうだ。背中にぺったりとくっついた尾浜の体温とか、耳元で聞こえる息遣いとか、もうそんなものにいちいちドキドキしている場合じゃない。尾浜は酔っぱらうと抱きつき魔になることは、入学当初のサークルの新歓から知っていた。しかもこの抱きつき癖は、何故かわたしにしか発動しない。最近は尾浜を好きな女の子からの嫉妬が怖くて飲み会に行ってないから、どうなってたのか知らないけど。ビールを片手に笑っているハチ先輩と店長を睨みつけたら、「がんばれー」と適当にも程がある応援をされて、わたしは本気で泣きそうになった。むしろさっきから黙ってにこにこ笑っている雷蔵くんが怖くて泣きそう。めっちゃ怖い。尾浜、女の子じゃなくて雷蔵くんに刺されるんじゃないの。雷蔵くんコワイ。てか、ハチ先輩と店長からは雷蔵くんの顔が見えないのか!ああもう!
 「修羅場だな」「な」と言って笑っている2人に文句言ってやろうと口を開いた瞬間、わたしの手をすり抜けた尾浜の腕がわたしのおなかにぐるりと巻き付いた。隙間に手を入れようとすれば、腕がしまって苦しい。泣きたい。雷蔵くんの笑顔が固まったんだけど。泣きたい。わたしはもう知らない。


「勘ちゃん、いつもこうなのか」
「だいたいこんな感じだけど、いつもはなまえが泣きそうになって、おれとか他の誰かが勘右衛門を引っぺがしてるよな」
「わたし今も泣きそうですハチ先輩」
「見ればわかる」
「いつかそのぼさぼさの髪の毛、バリカンでそり落としてやる…」
「小声こわいです、なまえちゃん」
「あ、みょうじ、そのままじゃ何も食べれないよな。ほら、あーん」
「心臓爆発して死んじゃうから遠慮します」


 店長は、そう、と言ってわたしの方に差しだそうとしていたサンドウィッチを自分で食べた。いじめだ。尾浜の酒癖の悪さを忘れていたわけではないんだけど、いやでも店長いるし、ハチ先輩もいるし、なにより雷蔵くんいるし、って思ったわたしがバカだった。尾浜が酔い始めたらめんどくさくなる前に寝せてしまえ、とか思ってた私がバカだった。バカだった。うん、バカだった。ぐりぐりと肩に顔を埋めている尾浜に心の中でひたすら呪いをかける。こうなったら尾浜が寝るのを待つしかない。もうすでにむにゃむにゃ言い始めてるし、よし、さっさと寝てくれ。じっと時間が過ぎ去るのを耐えていると、尾浜がわたしの名前を呼んだ。なに、と後ろを振り返ろうとしたら、思っていた以上に尾浜の顔を近くて、ぎゃあ、と声をあげそうになった。でもそれが声になる前に、わたしの口を覆う手。い、息が止まったんですけど…!


「勘ちゃん、今キスしようとしたでしょ」
「えっ!」
「えー、してないよ?」
「…これ以上ぼくのなまえに触ろうとしたら、許さないからね?」


 にっこりと笑顔を張り付けてるけど、雷蔵くん、それ、全然笑えてないです。あんなに堅くて外れなかった尾浜の腕が、雷蔵くんの手によっていとも簡単に外されて、わたしはばたばたと雷蔵くんの後ろに逃げて、尾浜と距離を取る。何故か不機嫌そうな尾浜は「まだ、雷蔵のじゃないじゃん」とにっこり笑った。尾浜も怒ると笑うタイプだ。こわい。わたしは巻き込まれないようにハチ先輩の隣まで逃げて2人の様子を窺った。これはあれか、わたしのために争わないで!っていうフラグのやつか。そういうのいらないです。ほんとに、いらないです。


「なまえ、止めに入らなくていいのか。わたしのために争わないで!って」
「ハチ先輩と同じこと思いついてしまったことが悲しくて、もうどうでもよくなりました」
「随分おもしろい展開だな。勘ちゃんもみょうじのこと好きだったのか」
「いや、あれはどう見ても雷蔵をからかってる顔だろ」
「尾浜って性格悪い…」
「なまえ、聞こえてるけど?」
「すいませんでした」
「性格悪い勘ちゃんより、ぼくのほうがいいでしょ、なまえ」
「もうどうでもいい、つかれた…」


 ハチ先輩に寄りかかってため息をつくと、雷蔵くんが「ああっ、だめだってば!」と慌ててわたしの方に来て、ハチ先輩から引き離された。両腕を掴まれた状態のまま、ぐだぐだと雷蔵くんのお説教を受ける。雷蔵くんの後ろでは尾浜がぼんやりと目をこすり、そのままぱたりと倒れて寝る体勢に入りやがった。あとで顔に落書きしてやるからな。覚悟しとけ。


「なまえ、聞いてる?」
「聞いてない。雷蔵くん、許して?」
「か、わいい、うう」
「ちょろすぎるぞ、雷蔵」
「なあ、雷蔵はなんではっちゃんにみょうじを近づけたがらないのだ?勘ちゃんのときはそれなりに我慢してたのに」
「なまえが自分から近づくの、ハチだけなんだもん。好きなのかと思った」
「あり得ない」
「ひどっ!」
「こうもイケメン揃いのなか、ハチ先輩だけはフツメンだから安心するんですよ」
「それはそれで複雑」


 ハチ先輩がなんだかしょっぱい顔をしているのを笑って、わたしは置きっ放しにしていたチューハイに口をつけた。ぬるくなっていたけど、そんなことはもうどうでもいい。その後、尾浜の顔に落書きしたり、勝手にゲームをしたりして、気づけば空は白くなり始めていた。











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ふと気づいてしまったけど、未成年の飲酒は法律で禁止されているので、未成年の方は20歳になってから自制心とお酒を断る強い心を持ってたのしく飲んでくださいね!!!!

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