滝夜叉丸は自惚れ屋だと、この学園の全ての人間が思っている。だけど、滝夜叉丸がそれだけの自信を持つのは、それと同じだけ努力してきたからだと、私は思う。今もこうして、普段は浮かべないような苦しげな表情を浮かべて、戦輪の練習をしている滝夜叉丸に、酷く心惹かれる自分がいる。嗚呼、いとおしい。頬を滑り落ちた汗を忍装束で拭き、私の方を向いた滝夜叉丸に、私は笑みをこぼした。滝夜叉丸は呆れた顔をしている。


「名前、いい加減部屋に戻れ。昨日も任務で寝ていないのだろう?」
「授業中に寝たから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃない」


 はあ、とため息を吐いた滝夜叉丸は、戦輪の片付けもそこそこにして、私のほうに歩み寄ってきた。渡り廊下で滝夜叉丸を見ていた私と滝夜叉丸の間には肘を置くにはちょうどいい高さの柵がある。私はそこに片方の肘をついて、手の届くところまで来た滝夜叉丸に空いたほうの手を伸ばす。ひたり、と触れた肌は滝夜叉丸の汗で湿っていて、夜風に触れたせいか少し冷たい。そのままその手を首の後ろまで回して、ぐっと引き寄せると、滝夜叉丸が少し慌てたような声で私の名前を呼ぶ。それにを無視して唇を合わせれば、滝夜叉丸の大きな目がさらに大きく見開いて、そして次の瞬間にはぎゅっと閉じられてしまった。私もゆっくりを目を伏せ、ぴったりと閉じられた滝夜叉丸の薄い唇の合わせ目を舌でなぞる。身はよじるくせに唇は開こうとしない滝夜叉丸に、私は仕方なく唇を離した。わずかな光でもわかるくらい、滝夜叉丸の顔は赤い。触れる肌も、少しだけ熱くなった。


「名前、今、私、汗が、」
「気にしないよ。むしろそれっぽくていいじゃないか」
「なっ、!」
「ごめん、冗談だよ。でも、寝ろっていうのはなしね。私だって滝と一緒にいたい」
「……本当に、仕方がない奴だ」


 顔を真っ赤に染めているくせに、滝夜叉丸は余裕があるような言い方をする。たぶん周りが薄暗いから、顔が赤いのを私に気付かれていないと思っているのだろう。残念ながら、その可愛い顔は見えてしまっているのだけど、私は教えてやらない。そもそも私の顔が見えているのだから、同じように自分の顔も見えているってわかると思うのだけど。そんな抜けているところが可愛くて、私はもう一度触れるだけの口付けをしてから、ゆっくりと滝夜叉丸から手を離す。赤い顔をした滝夜叉丸に用意しておいた桶を渡し、きょとんとこちらを見る滝夜叉丸の髪を撫で、私は緩く微笑んだ。


「戦輪は片づけておくから、湯浴みをしておいで。きっと湯はぬるくなっているだろうけど、このまま寝るのは嫌だろう?」


 自分で片付けると渋る滝夜叉丸の背を押すと、滝夜叉丸は呆れたような顔をして風呂場に向かった。その背中に手を振って、その姿が見えなくなってから、戦輪を丁寧に片づけていく。月明かりのおかげで、手元は明るい。
 片づけが終わり、渡り廊下の柵に背を預けて夜空を眺めていると、滝夜叉丸の足音がした。そちらに顔を向ければ、手拭いを首から下げた滝夜叉丸がいて、私は顔が緩む。さっきとは逆に、柵の中にいる滝夜叉丸に手を伸ばすと、滝は大人しくその指を受け入れる。少し熱を持った頬に指を滑らせ、「おかえり」と囁くと、「ただいま」と滝夜叉丸が照れくさそうに呟く。それに満足して、私は滝夜叉丸の首にかかっていた手拭いを手に取り、まだ水を含んでいる髪を丁寧に丁寧に拭いていく。何の抵抗もせず目を伏せる滝夜叉丸に、私の心臓は鷲掴まれる。
 なんて、無防備な。


「風邪を引いたら、悪いからね」
「健康管理もきちんとできているこの私が、風邪なんか引くわけないだろう」
「なあんだ。じゃあ、風邪を引いた滝夜叉丸をつきっきりで看病したりできないのか。残念」
「…お前はそうやってくだらないことばかり考えて…」
「えー、保健委員会の特権じゃない」


 こうやってくだらないことで笑いあって、そっと滝の髪から手を離す。ゆっくりと目を開いた滝夜叉丸とばっちり目が合い、かあ、と顔に熱が集まる。滝が、綺麗過ぎるのがいけない。そうやって滝夜叉丸のせいにして、私はわずかに視線を逸らし、滝夜叉丸の髪を撫でた。はらはら、と落ちていく細い髪を掬って唇を寄せてみる。風呂上がりのいい香りが広がって、余計に体温が上がってしまった。最悪。おそらく赤くなっている顔を手拭いを持った方の手で隠しつつ、「そろそろ部屋に戻ろうか」と声をかければ、滝夜叉丸は私の空いた手をぎゅう、と握り、引き留めた。その手を軽く握り返しつつ、私は首を傾げて滝の顔を覗き込む。


「どうしたの、滝」
「…もう少しだけ、月を見ないか」


 さらり、と落ちた髪の間から見えた耳が真っ赤に染まっていたから、私は返事の代わりに、戦輪の練習のせいで小さな傷だらけの滝夜叉丸の手を引き寄せ、驚いて顔を上げた滝夜叉丸に口付けを落とした。








121008

あっっっまい!!!







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